温い橙色
手のなかにあった湯飲み茶碗が畳に吸い込まれるかのように落ちていくのを、土方はスローモーションのようにして見ていた。畳のうえに到達するなり、耳障りな音をたて硝子の破片が弾け飛ぶ。その音で、我に返った。
「あっ……」
いけないと狼狽え、伸ばした指先が鋭い硝子の欠片に掠った。皮膚に引きつるような痛みが走る。見ると人差し指の腹にひと筋、赤色が滲み出していた。
「トシ、さわっちゃいけない」
諌める声に顔をあげ、土方は渋った表情を浮かべている近藤に苦笑いしてみせた。
「こんくらい、平気」
口許に指を運んで傷口に吸いついた。じわりと舌先に血の味が広がり、わずかな痛みに眉がひそめられる。
「めずらしいな、おまえがぼんやりしているなんて」
近藤の言葉に土方は曖昧にうなずいて笑った。夕陽に照らされたその精悍な顔つきに見とれていたなど、口が裂けても言えなかった。
「ほら、見せてみなさい」
そう言って近藤が手を伸べてくるので、土方は素直にそのうえに自分の手を重ねた。するとその指先はすぐさま近藤の口のなかへと消えていった。
ぬるい感触に包まれる。土方は息を飲んだ。見開いた双眸に目を伏せ己の指を口に含む近藤の姿が橙色に映し出される。目が離せない。硬直した土方のこめかみから冷たい汗がひと筋垂れた。
20070918