夏祭り


 ――見失った。
 土方は舌打ちしたくなる気分を抑え、周囲を見回した。どこを見ても人、人、人。人の群れである。目的の男ひとりを見つけるには、けっして容易くない状況と言える。
 ――これならば、いつもどおり警護にあたっていたほうが楽ではなかったのではないだろうか。
 人込みにまぎれながら、土方は憮然としながらそう思っていた。他人と肩がぶつかり合い、足許がふらつく。人の波に流されているうちに、自分がどこへ向かっているのかすらわからなくなる。我慢できずに、舌打ちした。
(気分悪ィな)
 だいたい土方は今夜の夏祭りに出向くことにあまり乗り気ではなかったのだ。夏祭りだなんて、たかだか粗雑な露店が並び、最後に花火が打ちあげられるだけのものだ。だが、それなのに、近藤が行きたいと言うから土方も赴いた。
 断れない。「せっかくだし、いっしょに休みをとって遊びに行こうか」と無邪気に笑う近藤を、土方が断れるはずもなかった。
 最初は、だれが行くかくだらねェと一笑に付した――ポーズをしてみせた――のだった。ただの虚言に、しかし近藤は非常に残念そうに顔を歪ませるので、土方はすぐさま前言を撤回する羽目になった。近藤とふたりでどこかへ行きたいという願望があったのは、紛れもない事実であった。
 ふいに、どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。声のした方向へ目をやると、人の流れに逆らってこちらへ向かってくる男が見えた。近藤の姿を認めたとたん、それまできつくしかめられていた土方の眉は緩んだ。
「よかった、見つかって」
 目の前にやって来るなり、近藤が開口一番そう言った。
「いきなりいなくなるから、びっくりしたぞ」
「アンタが勝手に動き回るからだろ!」
 近藤が、ヤキソバが食いたいたこ焼きが食いたいとあちこち目移りするおかげで、土方は彼のあとを追うのに必死だったのだ。そうして、ついに見失ってしまったのも、無理はないことだろう。
 周りの邪魔にならないよう、通路の端に寄る。そうか、と言ったきり近藤は口を噤んでしまっていた。殊勝な顔をして、なにかを考え込んでいるふうだった。
「……近藤さん?」
「なァトシ、あっちで金魚すくいやりたい」
「……してきたら」
 ここで待っているから、という意味を籠めてうなずいてみせた。しかし、近藤はそうは捉えなかったようだ。近藤の手が伸びてくる。手のひらが触れ合う感触に、土方はあやうく舌を噛みそうになった。
「っ……なに!」
「はぐれないように、な」
「だからって……!」
 いい歳をした大人が――しかも男同士だ――このような混雑した公共の場で手を繋ぐなど、ありえない。ありえない、のに――。
「……もう勝手にしてくれ」
 手を引かれ、ふたたび人込みに紛れ込む。今度はもう、はぐれる心配もない。
(……たまには)
 賑々しい祭りもいいかもしれない。土方は、子どものように瞳を輝かせる近藤を見やってひっそりと笑った。
 先刻までの苛立ちが消え去ったかわりに、手のひらから伝わる熱がひどくもどかしく思えた。


20070819