金魚鉢


 夏祭りですくい取った金魚を、近藤は後生大事に金魚鉢に入れて世話をしていた。
 淡い青色の金魚鉢は厚めの硝子製で、近藤自ら倉庫から引っ張り出してきたものである。いまは大部屋の低い戸棚の上に陣取ってあった。
 水中では金魚が二匹、涼しい顔をして泳いでいる。からだの細い金魚だ。どうせ金魚すくいで取ったもの、すぐに死んでしまうだろうと土方は高をくくっていたのだが、存外長生きするらしくもう一週間が経っているというのにあいかわらず元気なようすで狭い金魚鉢のなかを優雅に泳ぎまわっていた。
 今日も近藤が金魚に餌をやっている姿を、土方は物珍しそうに眺めていた。
「――意外に甲斐甲斐しいのな」
「うん? なんか言った?」
「なんでもねー」
 ひとりごとをつぶさに訊ね返されてしまって、一度かぶりを振った土方だったが、金魚鉢を覗いている背中を見ながら考えなおし、今度ははっきり口に出してみた。
「それ、焼いたら美味いかなって」
「トシィ!」
 近藤が血相を変えて振り返ったので、土方は噴き出してしまった。近藤の拳のなかで餌の袋が潰され、零れた固体がぱらぱらと畳の上に散乱する。足許に転がってきたそれを指先で押し潰した。
「本気にするなよ。金魚なんか食うわけねえだろ」
 そんなに飢えていないと言えば、近藤はしかししかめ面をして、
「いや、でもトシくんだったらマヨがかかってれば金魚でもなんでも」
「試してみようか」
 おもむろに袂に手を突っ込んでみせると、近藤が「やめてェ!」と悲鳴をあげる。土方の袂は空っぽだ。常備しているマヨネーズは昼食ですべてを使い切ってしまっていた。
 餌をやり終えた近藤は、「それじゃア見廻りに行ってくるから」と満足げに部屋を出て行った。「間違っても食うなよ」と念押しされたのがなんだか悔しくて、「マヨネーズをあるだけ買って来てくれたら考える」と言いつけてやった。
 そうしてひとり残された土方は、近藤が畳に散らばった餌を片づけていかなかったことに気づいて眉をひそめた。仕方なく重い腰を上げ、邪魔にならないようにと部屋の隅にかき集めた。あとは帰ってきた近藤に任せたらいい。
 土方は、近藤が先刻していたように金魚鉢を上から覗き込んだ。金魚たちは食後のためかどことなく動きが緩慢なように思えた。冷たい金魚鉢の表面を、土方はつるりと撫でた。
「俺もあのひとに閉じ込められてえな」
 硝子を弾いた指先が、痺れるように痛かった。


20070709