無闇に息をしてはいけない


 暗闇。
 息を殺して身を潜める。不自由なからだを窮屈な闇に押し込めて、板張りの凹凸を手探りで探した。 指先に引っかかったそれをわずかに左へとスライドし、ひと筋の光を作り出して目を眇める。
 正真正銘の暗闇でなければ、やがて視界は慣れてくる。無人の部屋は空々しく、障子から透ける月光がほのかに室内を照らしていた。 部屋にはひと組の布団が敷かれているだけだ。
 もうすぐ彼はやって来るだろうか。いささか空気の薄くなった狭い闇のなかで、焦燥感は募るばかり。
 いまが何時であるか、確かめる術はない。だが、そんなにたってはいないはずだ。
 じりじりと、こめかみからは熱いような冷たいような汗が伝う。 感触が厭で、それを手の甲で拭おうと腕をあげたとき、だしぬけに部屋の障子が開いて人影が現れた。
 宙で腕を止め、はっと息を止める。 静かに見守る、この部屋の主は潜む存在に気づいた様子も見せずに、一直線に布団の内へともぐり込んだ。
(ああ、どうしよう)
 さて、困ったことになった。出て行く時機を失って、緩慢な動きで拳を握りしめる。
 だがいつまでもこうしているわけにもいかない。浮かんだ汗は、目尻へと垂れ込んでいく。
 もう一度、凹凸に指を引っかけたときに、ふと、室内の様子がおかしいことに気づく。
「ああ……」
 こもった声が、聞こえてくる。ひそやかな声。熱を持った声。 聞き覚えのある声は、なだらかな山を作った布団のなかから生まれてくるのだ。
 何をしているのか。考えずとも、瞬時に理解する。理解して、またどっと汗が吹き出した。
 見てはいけない。聞いてはいけない。
 くちびるを噛みしめ、わきおこる好奇心を霧散しようと耐え忍ぶ。しかし、じわじわと生ずる欲求は消滅するどころか膨張の一途を辿る。
「あ、近藤、さん」
 やがて、己を呼ぶ劣情のこもった声に、矢も盾もたまらずに戸を引いた。 思いがけず力が入り、暗夜に不相応な騒々しい音がたつ。だがもうかまわない。 縮こまらせたからだを外部へとさらす。額にかいた汗を拭って、畳の上に前進した。
「トシ」
 くぐもった声は、やんでいる。布団の内からそろそろと顔を覗かせたひとりの男は、闖入者を見つけるなり顔を歪ませた。
「なんで」
「おまえを、驚かせようと思ったんだが」
「なんで」
「でもまさか」
「言うな……ッ」
 悲鳴に似た声が、それ以上の暴露を押しとめた。
 傍らにしゃがみ込み、見るなとすすり泣く男の頭を宥めるように撫でてやる。
「俺に言ってくれりゃーよかったのに」
「言え、るかよ。悪趣味だ、アンタ」
 濡れた双眸に睨まれて、苦笑を滲ませながら心の奥底の感情を押し殺した。
(久々にしたかくれんぼも、けっこう楽しいモンがあるな)

覗くな、その秘密の花園を。
20061205
title by 病憑き