薄皮1枚の際
今日は俺が奢ってやるから好きなだけ飲め。
そうやって連れられて来たのは、裏道にこじんまりと開いている居酒屋だった。
キャバクラに連れて行かれてしまうんじゃないかと少し(いや、かなり)心配していたが、それは杞憂に終わったようだった。
いささかくたびれた感のあるテーブルに、どんと焼酎二本を置いて去って行く店の若いネーチャンを目で追っていると、正面に座る近藤さんがおもむろに口を開いて「トシはああいう娘が好みか」と冗談とも本気ともつかない顔をして訊いてくる。
違うよとだけ素っ気なく返して、心のなかではそれはアンタのほうじゃねェのかよなんて悪態ついてやったが。
「で、なんなんだよ、いきなり」
べつに奢ってくれるンならありがたく飲むけどよ。
そう口許に微笑みをたたえて言うのは容易かったが、グラスに伸ばす指が震えてしまうのを止めることはできず、誤魔化すように不透明なグラスを乱暴に引っつかんだ。それと同時に近藤さんがわずかに身を乗り出して、
「トシ、おまえなんか悩みごととか、ないか」
あやうく、喉に流しこもうとしていた酒を噴き出してしまうところだった。
ぐっとこらえて熱い液体を飲みこんで、濡れた口許を手の甲で拭う。
「なに、言ってんだよ」
無理やり笑ってみせるが、近藤さんは真摯な口調を崩さない。
「最近ぼんやりしてることが多くなったんじゃないか?」
悩みがあるんだったら俺に言ってみろって言うけど、言えるわけねーだろ。悩みの元凶はアンタです、なんて。
「もしかして、ほら、あれだ、恋わずらいっていうじゃないのか」
真面目な顔をして近藤さんは続ける。俺は心臓が跳ね上がるのを感じながら平常心を保とうと内心では必死になっていた。
からだじゅうの血液が沸騰しているみたいに熱くなってるのは、酒のせいだけではなく。
(そこまでわかってんならなんでぜんぶわかんねえの)
ぐらぐらと視界がぼやけていく。
近藤さんが俺をまっすぐ見つめているのがわかったけれど、俺はとてもじゃないが近藤さんの顔なんて見返すことなんてできっこないから、うつむいてそっとくちびるを噛みしめた。
「……うん、そうだな。すきなひと、……いる」
手を伸ばしてテーブルの上で組まれた近藤さんの手に触れてみたい衝動に渦巻いていたが、俺のなかで燻ぶっている卑しい気持ちまで触れ合った肌から近藤さんにすべて伝わってしまうのではないかと思うと怖ろしくなり、あわてて手を引っこめた。
20061124
title by pick up days