怯える目


 神社の石段に腰掛ける土方を、まっすぐ澱みのない双眸が見つめている。
 めずらしい子どもだと、土方は胸中で感嘆の音を漏らした。 まだ年端も行かぬであろうその少女は、帯刀する土方をなんの躊躇もなく凝視していた。
 血に汚れた自分を、厭わしい視線がまとわりつくのには慣れている。 だが、こうして稚い眼差しをまじまじと受け入れるのは、土方には少しばかり――いや、かなり居心地が悪いものであった。 刀の意味すらわかっていないのだろう、少女はあまりにも純粋すぎた。
 いまだ視線をほかに移そうとしない少女に土方は困惑し、ならば自分がここから立ち去ればいいのだという答えへと達する。
 立ち上がったところで、それまで黙って土方を見つめていたその少女が、おもむろに口を開いた。
「こんにちは」
 何を言うのかと思えば、鈴の音が鳴るような可愛らしい声色が紡いだのは、なんてことはない、ただの挨拶だった。 すっかり虚をつかれた土方は、黙り込む。するとその少女は、土方が今の挨拶を聞き逃したとでも思ったのか、もう一度繰り返した。
「こんにちは」
「……」
 応えるでもなく、立ち尽くすことしかできなかった。
 こういった状況は、慣れていない。こんな子どもなど無視をして、さっさと立ち去ればいいではないか。
 しかし土方の両足は、動かない。地面にぴたりと張りついてしまったみたいに、動けなかった。
 その眼が怖いというのか。
 無垢で穢れを知らない、純真な眼差しが土方にとって、最大の敵、なのかもしれなかった。
「――……」
 土方が、喉の奥から声を絞りだそうとしたときだった。
 おおい。
 遠くから、おのれを呼ぶ声が聞こえた。石段を見下ろすと、階段を昇ってくる人影が見えて、無意識にほっとため息を落とす。
「迎えに来た」
 階段を昇りきり、そう言って笑顔を浮かべる男に土方はしかめ面をしてみせた。
「ガキ、じゃあるまいし」
「おんなじようなモンだろう」
「ちげーよ、ぜんぜん」
 ガキっつーのは、アンタのとこにいるあのちっこい奴のことをいうンだろうと言うと、ソレと対等に喧嘩しているおまえもやっぱり、そうなんじゃないかと返されて、言い返せなくなってしまった土方は不機嫌に口を噤む。
 そうしてふと、かの少女の存在を思い出し、振り向いてみたがそこには誰もいなかった。忽然とこの場から消えていた。あたりを見回してみても、ひとっこひとりいない。
 ――ああ、夢かまぼろしか。 近藤に、ちっちゃな子どもを見なかったかと尋ねると、総悟なら道場にいるぞと首をかしげられたので、土方はそれ以上、詮索するのをやめた。 先刻まで一寸も動くことのなかった足は、気づけばなんの不自由もなく動かせるようになっていた。
「帰ろう」
 やわらかに笑む眼差しに、土方は不器用に頷き返した。
(ああ、俺はこのひとの眼がいちばん、こわいんだ)
 他人の眼を気にすることなど、今までなかったのに。

(どうかこの臆病者に哀れみのまなざしを)
20061101
title by ウィーン