パレットナイフの悪事


 美術の時間、「お隣のおともだちの似顔絵を描きましょう」という教師の指示で、土方は近藤と向かい合わせになるように机の位置を変えた。
「トシ、ちゃんと男前に描けよ!」
「そりゃ残念だったな近藤さん、俺、嘘は描けねェや」
「こらっ」
 ひでェなあ、としかめ面をする近藤に、思わずくすりと笑ってしまう。 それじゃア何十倍も男前に描いてやるよと言えば、あまり気の乗らない表情でそれも厭だなァと返ってくるので、まったくどうしたらいいンだよとまた笑いがこぼれる。
 それまで世間話が飛び交っていた美術室も、しだいに皆絵を描くことに集中していったのか、静かになっていく。
 じぃ、と正面から見つめられ、土方は窮屈な椅子の上でしゃんと背筋が伸びてしまうのを感じた。 こちらを見据える近藤の瞳はひどく真摯で、なんだか心臓をわしづかみにされたみたいに、きゅうと苦しい。
 すべてを見透かされてしまうような視線だ。
(……アンタの眼に俺は)
 どんなふうに映っているのだろう、などと考えてしまって、ぴたりと筆が止まる。 別段暑くもないのに、じっとりと汗ばんだ手のひらから筆を放り投げて、気分転換とばかりに正面の近藤のカンバスを覗き込んだ。そうして、絶句する。
「近藤さん……アンタ……それ生き物?」
 白いカンバスに、這いつくばったような線が幾重も重なっており、それはお世辞にも人物画とは言えないような代物だったのだ。 いや、かろうじて顔の輪郭と髪の毛と、目、くらいはわかるだろうから、曲がりなりにもそれは、人物画、であった。
「何言ってんだトシ、これはおまえだぞ!」
「俺はそんな虫みたいなモンじゃねえ!」
 心外だと言わんばかりに唇を尖らせる。近藤の眼には自分はこんな虫けらみたいなふうに映っているだなんて!
「わァるかったな、ヘタクソで!」
「下手にもほどがあるだろ」
 がっくりと肩を落とす土方にしかし近藤は胸を張って、破顔した。
「その分愛はたっぷりこもってるからな!」
 力説されてしまえば、もう、悪態をつくことすら不可能だ。
 土方は浮かせていた腰を半ばふらつきながら元通り椅子の上に落ち着け、机に突っ伏して顔を伏せた。
「こらトシくん、顔上げて」
「うるせー見んな」
「トシぃ、まだ描き終わってないぞォ」
 何を言われようが、当分土方は顔を上げることができなかった。せめてこの顔からすっかり熱が引いてくれるまでは。

20061001
title by ウィーン