警鐘と震える教室


 突如鳴り響く雷は空を切り裂き、続いてザアザアと大きな音をたてて雨が降り出した。 先刻までの青空は跡形もなく消え去り、灰色の雲が空を覆いつくしている。
 夏の終わりを予感させるその光景に目を奪われていた土方はだから、背後に近寄る足音に気づかなかった。
「待たせたな」
「近藤さん、」
 声がかかるなり振り向いた土方は、その瞳に近藤の姿を認めて口許を緩めた。 しかし心中では、グラウンドに打ちつける雨の音と、激しくとどろく雷鳴のせいで気づくことができなかったのだと、舌打ちをする。
 放課後の昇降口。ひとはまばらで閑散としている。 それもそうだ、台風が近づいているのですぐに帰宅するようにと警報が出されたのは昼過ぎのこと、その時点では台風の勢力がこれほどまでに強くなっているのだと計り知るよしもなかったふたりは、のんきに屋上で逢引に勤しんでいたのだ。
 雲行きが怪しくなってきたなと訝しんだころには時すでに遅し、大粒の滴から逃れるよう、慌てて屋上から降りてきたのだった。
 ときおりぴかりと輝く空を見上げた近藤は、「まいったなァ」と眉尻を下げて頭をかいた。
「傘、持ってるか?」
「持ってない」
 かぶりを振ってすぐさま返答すると、近藤は俺もだと肩をすくめてみせた。
「濡れて帰るか」
 つぶやく近藤の声を耳に入れ、頷き返そうとした土方はしかし、思い立ってぴたりとその動作を止めた。
「ここに泊まってこうぜ」
「……ええ?」
「教室、行こう」
 戸惑ったふうの近藤をよそに、土方は近藤の袖をつかみ、ぐいぐいと引っ張って先を歩く。
「トシ、」
「べつに、無理して帰ることねーじゃん」
「でも泊まるって、教室に、か」
「そ。……あ、保健室っていう手もあったな……ああだめだ、確か今日、保健医が休みとかで保健室開いてなかったンだ」
 午前中、授業をサボろうと保健室に向かった土方の言に、近藤はただ「ああ……」と言葉を漏らすのみだった。
 あきれているのだろうかとわずかに心配しながら近藤の顔を見やれば、彼は存外楽しげに笑っているのでホッとした。
「こういうのって、なんかわくわくするな」
「ガキみてー」
 はしゃいだ声に思わず噴き出してしまうと、近藤が腰をかがめて顔を覗き込んできた。
「おまえだって、そうだろう?」
「……」
 いつまでも見つめてくる近藤の顔をぞんざいに押しやって、土方は胸中で反論した。
 ――それは違う。一緒にいるのがアンタだからこそ、こんな状況だって楽しめるンだ。
 まだ夕刻時にもなっていないというのに、外が暗いために教室内も薄暗かった。 照明を点けようとする近藤の手を押し止めて、「バレるだろ」と忠告すると近藤は今はじめて現在の状況に気づいたかのように、「そうだったな」と頷いた。
 大粒の雨が窓ガラスを打ちつけ、わずかにつめたい空気を孕んだ教室で、ふたりは窓際の壁に背中をもたれかかるよう座った。
「……このままやまなければいいのに」
 ちいさく、呟いた。すると近藤は笑って、「そうだな、そうすりゃ授業もなくなるし」とまったく見当違いのことを言う。
 土方は、次第に強くなる風の音にかき消されてしまうくらいの声で「ちがう」と言って、身の置き場のない子どもみたいに、膝をかかえて縮こまった。

20060826
title by ウィーン