世界が跪けばいい
風の強い日だ。
強風に煽られ常より瞬きの回数が多くなる中、たまに見かける洗濯物らしきものが飛ばされている様はひどく滑稽だった。
「トシぃ、見てみろ、パンティーが飛んでるぞォ」
いかにも楽しんでるふうな口ぶりの近藤に、呆れた土方は大仰にため息を吐いて見せた。
「あとで拾いに行くなよ」
「な……ッ、いくら俺でもそんなことはしないよ! 別にどこに向かって行ったかとかあの木に引っかかってるなとかそんなことチェックなんて全然してないぞ!」
「しっかりしてンじゃねえか」
「ぐ、偶然見えちゃっただけですー」
「あーそうかよ」
拳を握り締めて弁解する近藤に土方は鼻白む。
今日はふたりともオフの日なので、それならばたまにはふたりで食事にでもと、市中を歩いている中だった。
近藤の言動に呆れながらも、土方の口許にはこっそりと微笑が湛えられていた。
いつものことなので、そんな些細なことをいちいち気にしていても仕方ないのだ。
まったく気にならないと言ったら、嘘になるけれども。
「あ、」
「どうした、トシ」
足を止める土方を近藤が振り返る。土方は俯き「目にゴミが入ったみてェ」と目をこすった。目に異物を感じたのだ。
「平気か」
「ん、」
別に大したことはないと近藤に告げた土方は、グイと顎を持ち上げられ強引に上を向かされた。
「ちょ、近藤さ、」
「ほら動くな」
「でも、」
至近に近藤の顔がある。土方は思わず身を引こうとしたが、近藤の腕が腰に回されており、それを許さない。
顔が熱くなっていくのがわかった。けれどどうしようもない。近藤との距離が見る間に縮まる。
「うァ……ッ」
眼球が、熱い。近藤の舌が土方の眼球に触れていた。
こうすれば取れるだろうと、舌を動かす合間に近藤が言う。ひとしきりそうした後、気が済んだのか近藤が土方を解放し、離れていく。
くたり、と土方はその場にへたり込んだ。
「……トシ?」
近藤が首をかしげる。
「まだ痛むのか?」
「……もう、へいき、だ」
土方は顎を引き、かぶりを振った。近藤のおかげでゴミが取れたのだろう、先刻までの、突き刺すような痛みはなくなった。なくなった、が……。
(腰抜けた、なんて言えねえだろーが……ッ)
唇を噛み締める土方の前に、近藤がしゃがみ込む。
「トシー?」
「……先行ってろ」
「なんでェ、せっかくのデートなのに」
「……!」
ばかかアンタ、と土方は嘯いた。近藤はニカッと笑う。
近藤に引っ張り起こされるまで、土方はしばらくその場に尻餅をついたまま、身動きさえままならなかった。
もうどうにでもなれ。
20060523
title by 少年はにびいろをした不可避の幻を見る