ハッカ味の口内


 仄かな甘い香りが近藤の鼻腔をくすぐった。 隣を見やれば土方が、近藤の肩に寄りかかって億劫そうに新聞を捲っている。
「なァトシ」
「んー」
「なんか面白い記事あるか?」
「なーんも、ねェ」
 甘い香りはさらに強まる。そしてどこか、すうっとするような清涼とした匂い。
 その出所は今の短いやり取りではっきりわかった。土方だ。
 近藤はジッと土方を見つめるけれど、土方はその視線に気づいているのかいないのか――恐らく気づいているが気づかないふりをしているのだろう――新聞から視線を外そうとはしない。
「トシ」
「ん、」
 次の瞬間、土方の双眸が大きく見開かれた。すっかり油断していた彼はひどく無防備に狼狽えてみせる。
 その有り様を間近で視覚に入れた近藤は、甘いハッカ味を舌で掬い取って、満足気に微笑んだ。
「あ、アンタな……!」
 唇が離れると、しばし近藤を凝視していた土方は飛び上がるようにして近藤から離れた。くしゃり、と土方の手の中で新聞紙が潰れる。
 土方の口内にあったキャンデーは、今は近藤の口内へと移動していた。先刻まで鼻腔をついていた香りを舌で転がす。甘くて、痺れるような。
 いつの間にやら土方の顔は真っ赤になっており、それは単に飴を盗られたことに対して怒りを表しているのか、もしくは近藤のした行為に照れているのか――いったいどっちだろうかと近藤はふと考える。
「飴が欲しけりゃ言えばいいだろ!」
 あっちにあるだろと土方の指差した先の卓袱台には、キャンデーの袋がひとつ、置いてある。
 そんなに怒らなくてもいいのに、と近藤は唇を尖らせた。
「だってトシ、いい匂いするんだもん」
「……!」
「それにおまえの食ってた飴は煙草の味も混じってるから、なんだか特別みたいだ」
 そう言って笑いかける近藤に、土方はぷいとそっぽを向いて、くしゃくしゃになった新聞紙を思い切り広げた。 耳朶まで真っ赤になっていたのを近藤は確かに見た。
「トシぃ、そんなに飴盗られたの、怒ってンの」
「……」
「トシくーん」
 返事のない空間に焦れて、近藤はキャンデーの袋を手元に引き寄せ、そのうちのひとつを口の中に放り込んだ。 ふたつの飴を転がしながら、中途半端に距離を置いた土方へとにじり寄り、その耳元に唇をくっ付けた。
「トシ、飴いる?」
「……いる」
 小さい声だったけれど、返事のあったことが嬉しくて近藤は笑った。 その吐息はやはりハッカの匂いで、唇を重ね合わせるとどちらのものかもう、わからなくなるほどに。

20060512
title by OL