湯船に沈んで呼ぶひとよ


 すっかりぬるくなった湯に沈めたからだはむろん温まらず、盛大なくしゃみを風呂場に響かせた土方はずるずると鼻を啜った。
 湯を冷まさせたのは自業自得だ。冷める前にはやく入ってこいと言われたにもかかわらず、そんなものよりかたわらの熱を手放してしまうのが厭で近藤にぴったりとくっついていたのだ。
 のろのろと重たい腰をもちあげて風呂にむかったのは腹に飛び散っていた精液がすっかり乾いてから、とうに日付はかわってしまっていたので夕食後に沸かした湯が冷めているのは当然のこと。ここから出たくないと近藤にすがり布団のなかから出なかった土方には文句を言う権利はない。ただ、あんなふうに俺をさせたのはあのひとなんだと土方がちょっぴり近藤を恨みがましく思ったのは、ならばいっしょに風呂に入ろうという誘いをすっぱり断られたからにすぎない。
 ああ俺は身勝手だよと土方は尖らせたくちびるをほとんど水といって等しい湯に沈めて目を閉じた。ゆらゆらと水中で揺れる疲労した全身は眠気を呼び起こし、うつらうつらとしていたら顔面を湯面に打ってあやうく溺死。げほげほと咳き込んでいた土方の耳に己の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。
 よもや幻聴だろう、だってあのひとはすでに眠ってしまっていた。じゃあ俺はもう死んでいるのか。土方は愕然とした。まさかさっき気持ちヨすぎてホントにイッちまったのか? そんな馬鹿な! いやでも鬼の副長たるもの風呂で溺れ死ぬなんざカッコ悪ィ、だったら俺は腹上死を選ぶな。
 ――いや待て、まだ死んでいると決まったわけではない。まったく馬鹿だな俺はと身震いした土方はふたたびくしゃみをし、半透明のガラス戸に人影が映りこむのを見た。
「トシ、湯加減はだいじょうぶか?」
 幻聴ではない、ほんものだ!
 安堵した土方は夢から覚めるようぴしゃりと両手で顔を打った。じんじんと痛む頬をさすりながら、心配してわざわざ来てくれたのだろうかとわずかに笑みが浮かぶ。
「アンタがきてくれたらあったかくなると思うけど」
 むしろのぼせてしまうかもしれないがこの際文句は言っていられない。むしろ文句のつけようがないと言ってもいい。この冷めた湯だって俺たちにかかりゃすぐにアツアツになるにちがいないと信じてやまない土方は、上機嫌で近藤の名前を呼ぶのだ。


20071108