くちびるから魔法


 近藤の朝はテレビの占いを観ることからはじまる。
 土方はその時間に狙いをつけて、歯ブラシをくわえた彼のもとへ歩み寄った。
「近藤さん、今日はどうだった?」
「んー、イマイチ」
「そう」
 苦い顔をした近藤が、「乙女座のラッキープレイスは厠なんだって。俺今日ずっと厠にいたほうがいいのかな」とひとりごちている。
 土方はその泡だらけの口許を見つめながら、彼のかたわらに腰を下ろした。
「なあ近藤さん、おれも占ってやろうか」
「え?」
「アンタの運勢」
「トシ、おまえ占いなんかできんのか」
 すげーじゃん、とすっかり信じたのか顔をほころばせる近藤に、土方は深くうなずいて、
「キス占い」
「へっ」
「キスして、占うの」
 近藤が歯ブラシをくわえたまま固まった。なんだって、と不明瞭な言葉が返ってくる。土方は繰り返した。キス占いだって。キスした相手の運勢がわかっちまうンだ、おれ。
「でも、誰にも試したことねえから、効果はわかんねーんだけど」
 かぶりを振って、視線を床に落とす。
 バカなことをと笑われてしまうだろうか。けれどほかに口実が見つからない。面と向かって「キスをしたい」などと口走ることは、さすがにできなかった。
「……じゃあ、俺で試してみる?」
 ふいに聞こえてきた、思いもかけなかった言葉に、土方は弾かれたように近藤を見た。いいのかよ、と自分が言いだしたのにもかかわらず、不審につぶやきを落としてしまう。にもかかわらず、近藤は破顔した。
「俺がトシくんの実験体になってやろう」
「実験体」
 ヤな響き、と土方はしかめ面をしてみせた。けれど、このチャンスを見逃すことはできなかった。
 意を決し、近藤のほうへと身体を傾ける。すこしずつ、ゆっくりと。
 だが、くちびるが触れ合う直前、それを遮ったのは近藤だった。
「ちょっと待て、口すすいでくる」
 泡だらけの口許を指差す。土方はしぶしぶうなずいた。確かに泡に阻まれたキスをするよりも、まっさらなくちびるに接吻けたほうがいいに決まってる。
 立ち去る近藤の背中を見送りながらふと考える。彼のくちびるは熱いだろうか。それとも水にふれて冷たくなってしまっているだろうか。そのどちらともありえるなと双眸を細めた土方は、ああくだらないと大きなため息をついた。


20070919