ジレンマに告ぐ
眠れない。眠気は催すのだが、布団にもぐりこむと妙に頭が冴えてきて、無理やり目をつむって眠ろうとしても頭はクリアになるばかりで何度も寝返りを打ってばかり。結局うとうととしはじめるのが明け方、ほとんど眠ることができずに朝を迎えるのだった。
その分昼間は眠かった。癪に障るくらい夜は眠れないのに、見廻りや会議の最中に危うくうたた寝をしそうになるほどだ。
やがて薬に手を出した。モグリの医者から手に入れた睡眠薬はよく効いた。それを飲んで布団に入ると、三十秒で眠れるようになった。朝まで一度も起きることなく、ぐっすりと。
そして手放せなくなった。毎晩、薬に頼るようになった。これって一種の薬物依存症か。自嘲が漏れた。は、まさかこの俺が!
薬は机の引き出しの一番下、奥底にしまいこんである。このことはだれにも言っていない。言えるわけがない。真選組副長が薬漬けになっているなんてあまりにも無様な姿だ。
それに――。
不眠症に悩まされていると言ったら、あのひとはどんな顔をするだろうか。不眠だけならまだいい、そもそもの原因が、自分であると知ったら、あのひとは。
引き出しを開け、慣れた仕草で小瓶を取り出す。手のひらにはすっかり冷たい感触が馴染んでいる。蓋を開けた瓶を逆さにし、数粒手のひらに落とした。握りしめ、口に運ぼうとしたときだった。突然襖が開いたのは。
「なァトシ、明日の見廻りの」
近藤さんの声だ。不意をつかれた俺の手のなかから錠剤と小瓶がすべり落ちた。転がった瓶の口から白い粒が零れ、畳のうえに散らばる。ぎくしゃくと振り向くと、近藤さんがそれを凝視しているのが見えた。
「――トシ、それって」
「胃薬。最近胃の調子が悪いから」
有無を言わさぬ口調で返した。内心の動揺を隠すよう、急いで腰を浮かして手早く錠剤をかき集める。指が微かに震えていた。
「別にどうってことねェよ」
「胃っておまえ、マヨネーズ控えたほうが」
「逆だな。たぶん、最近あんまり食ってなかったから胃がおかしくなったんだ」
「え、あれでェ?」
「そ」
上の空で会話をつづけていたところで気がついた。
――小瓶がない。
さり気なく視線をめぐらすと、近藤さんの足許に転がっている瓶が見えた。ひやりとする。あれは見られては言い訳ができない。四つん這いになって拾いに行く。じっとりと汗ばんだ手のひらのなかに隠したところで、近藤さんがその場にしゃがみこんだ。俺の目線に合わすよう、背を丸めて。
「……トシ」
「なんだよ」
名を呼ばれ、俺はそれまで伏せていた目をあげた。やさしい声色は、残酷にも俺を揺るがす。
「俺が子守唄でも歌ってやろうか?」
いらねェよと笑った声が、不覚にも震えてしまった。
20070916