カニバリズム☆ベイビー


「ほらトシ、蚊取り線香」
 突然、なんの前触れもなく近藤が可愛らしいブタの陶器に入った蚊取り線香を差し出してくるので、土方は面食らった。
「なに、急に」
 首をかしげて訊ねる。蚊に悩んでいるとか、そういったことを近藤に伝えた覚えはなかった。とりあえず、受け取っておく。あっても邪魔にはならないだろう。
 ありがとう、と言うと、近藤は「これでもうだいじょうぶだな」と笑ってうなずいた。
 ――もう、とは。
 意図を汲み取れず、土方はすっと目を細めた。
「……だから、なに」
「だっておまえ、首ンとこ蚊に食われてるじゃないか」
 ここ、と近藤の指先が耳朶の近くの頚部にふれたとたん、土方の顔に全身の血液が集まっていった。土方は目を見開いて、それからあわてて赤く染まった顔を伏せた。
(蚊じゃなくて、アンタだろ……ッ)
 近藤は、土方の首筋に残った痕を蚊に刺されたものだと勘違いしているのだ。それもまあ、仕方のないことなのかもしれない。
 だって昨晩は、明かりなど灯していなかったのだから。近藤が気づいていないのも、無理はない。――たとえこの痕を残した犯人が彼自身だったとしても、だ。
(……でも)
 なんだか、気に食わない。自分だけが意識していて、当の近藤は、覚えていない、だなんて。
 土方は不貞腐れて、ブタの鼻っ面をつついてやった。
「近藤さん、これ、あっても意味ないと思うぜ」
「え、そんな強い蚊なのか?」
「そう。でも、アンタがそばにいてくれたら――」
 いてくれたらそれはそれで、さらに被害は大きくなるかもしれないけれど。
「――だから近藤さん、今夜もいっしょに寝ていいかな」


20070823