きみにきかれちゃたまらない


「俺がアンタのこと好きだってこと、なァ、アンタ知ってた?」
 空は曇天。いまにも雨が降り出しそうな空ッてやつだが、だったら俺だって負けちゃいねェ。 俺の心のうちでだって何日も前から土砂降り、やむ気配は一切なし。 なんて詩人を気取ってみても溜まったモヤモヤは消えやしねェ。
「どうしたんだ、トシ」
 問いかけた先、振り向いた近藤さんがジッと俺を凝視する。 その眼差しにじわりとかいた手のひらの汗を感じて、ごくりと静かに喉が鳴る。
「いや、ちょっと詩人に」
「エッ?」
「な、なんでもねェ。ンなことどうでもイイんだ」
 何を口走ってンだ俺はいったい。ハンドルを握りなおして赤信号を睨みつける。ああ、すっかり話が横道にそれてしまった。 さっきの台詞(詩人がどうのこうのではなく)をもう一度言うッてのはかなりの勇気がいることだ。 でもこのまま流されるのもなんだか気まずい。俺が勝手に、思ってるだけかもしんねえけども。
 そうっと近藤さんのほうを横目で見れば、「ああ」とひとり納得したふうに近藤さんはうなずいて、
「うん、こないだ聞いたばっかり」
 にっこり笑うモンだから、俺は何も言えずに閉口してしまう。
 ああ憶えてくれてたの、なんて皮肉すら言えやしねェ。 確かに俺は告白まがい(いやあれは確かに告白だった)のことをしたが、それに対して近藤さんが返してくれたのは「俺もだよ」という言葉だった。 至極あっさりした答え。たとえば総悟が俺と同じことを言ったとしても、きっと同じことを返すンだろうな。なんとも思ってねー証拠じゃねェか。
「じゃア、忘れてくれ」
 だって悔しいじゃねェか。本気に受け取ってもらえないだなんて。だったらまたの機会にもう一度リベンジしたい。 またの機会ッてのがあるのかどうかもわからねェし、それにまた本気にとられなかったらそれまでなンだが。
 やけに長く感じられた赤信号がようやく青にかわり、アクセルを踏み込んだ。覗き込んだミラーのなかで近藤さんが憮然とした表情をしている。 なンなのそのかお。落ち込んでるのは俺のほうだぞ。納得がいかなくて肺のなかに酸素を送り込んだとき、近藤さんがミラー越しにこちらを見た。
「忘れられなかったら?」
「……は」
 耳を疑うッてのはこういうことか。思わずブレーキをかけそうになったが、すんでのところで思いなおして平常心を努めようとする。
「なに」
「それじゃ、俺が言ったことも忘れてくれ」
 近藤さんが意地悪く笑う。そこで俺は過ちに気がついた。
 ふたたび赤信号にひっかかって車を停めたのを機に、近藤さんのほうへのろのろと顔を向ける。
「わ、忘れ、られなかったら」
 さァどうしようか。そう笑ったくちびるに息の根をとめられそうだ。


20070615