若輩者よ、その気になれ


 土方は、押入れの奥から大きめの鞄を引っ張りだしてきた。そのなかに服やら歯ブラシやらマヨネーズやら煙草やらを詰め込んで、ひと息つく間もなく立ちあがる。
 鞄は思ったよりも重くなっていた。
 ふらふらになりながら部屋を出たとき、ちょうど廊下を歩いていた沖田と出くわした。
「あれッ、どうしたんですかィ土方さん、夜逃げですかィ」
 それじゃー遠慮なく出て行ってくだせェ。
 抑揚も澱みもなく繰り出される言葉に、土方は顔を引きつらせながらぶん、と一度大きく鞄を振り回した。むろん、そんなちゃちな攻撃を沖田がまともに受けるわけもなく、見事に的を外した土方の鞄はいましがた閉めたばかりの障子を突き破り、己の部屋へと舞い戻っていった。
「どうしたんだ」
 突如響いた破壊音に驚いて、隣の部屋から血相をかえて飛び出してきたのは近藤だ。
 渦中に佇む土方は気まずくなって顔をそらす。それとは反対に、沖田は愉快そうだ。彼は、土方が追い込まれれば追い込まれるほど楽しげなのだ。
「鞄いっぱいにマヨネーズをくすねてきた土方さんがとうとう夜逃げするらしいです」
「くすねてねェよ!」
 誰がそんなことをするかと息巻く土方をよそに、沖田の戯言を聞いた近藤の顔色がさっとかわる。
「本当かトシ!? いまは夜じゃなくて真昼間だぞ!」
「問題はそこじゃねェよな!」
 はああ、と土方は深く大きなため息を吐き出した。
 部屋の隅に転がった鞄に視線をやって、肩を下ろす。脳裏に浮かぶのは、数日前、昼ドラでやっていた夫婦のやり取りだ。
 ただ単に、「実家に帰る」という台詞を言いたいがためにはじめた挙動だっただなんて、こんな大事になってしまってからには、安易に口をすべらせるのには勇気がいる。
「大丈夫だトシ、俺がおまえのことかくまってやるからな!」
 本当に沖田の言葉を信じたのか、はたまた沖田の遊びに付き合ってやっているのか――このひとの場合はおそらく……――、ことさら真面目な顔をして近藤が力強く両肩をつかんでくるので、土方はこれ以上弁解する気も起こらず、うなずいた。
「……それじゃ、今夜アンタの部屋に泊まらせて」
 壊れた障子も言い訳になる。


20070427