飼いならされる鬼


 ふと気がついたときには、土方のからだはすっかり縮んでいたのだった。
 身の丈は、およそ十センチにも満たない。 近くに転がっている煙草(彼自身が昨晩煙草を落としてしまった際、拾いそびれたものだろう)の長さと、ほとんど同じである。
(こまったな)
 土方は腕を組み、首をちょいとかしげた。こんなからだになってしまっては、業務に差し支えるではないか。
(ああ、こまった)
 いつもの癖で、袂に手を差し入れる。しかし、そこには常備しているはずの煙草はない。怪訝に眉を寄せたところで、あッと思い出す。 煙草なら、巨大化しており(あくまでも土方から見て、の話で実際には土方のほうが縮んでいる)吸いたくても吸えないのだ。
 そうしてやっと、土方は自分のからだが縮んでしまったことを、はじめて悔やむのだ。
 土方は、恨みがましく見つめていた煙草からすいと視線をはずすと、その剣呑な眼差しを一直線に彼の携帯電話へとやった。いまの土方にとっての、唯一の連絡手段といっても過言ではない。
 自分が移動するには、リスクが大きすぎた。第一、この部屋から出るのだって、ひと苦労だろう。 いつもは足のつま先だけでも開けられる障子だって、いまのちっぽけな土方にはどうがんばっても開けられそうになかった。
 机上にある機械は、遥か彼方にあるものに感じられた。 それでもなんとかして、あれを手に入れたい。あれで、隣の部屋にいるあのひとを呼ぶのだ。近いようで遠いところにいる、あのひとを。
 ちょうど机の真下から上を見上げると、マヨネーズのマスコットがついた携帯ストラップが机からぴょんと外へ飛び出しているのが見えた。 土方はそれを目がけて飛び上がり、えいと掴み取ったのだった。畳の上に落下してくる携帯電話をあわててよけて、苦心しながら折りたたんであるそれを開く。 真っ先にあのひとの番号を呼び出した。
「近藤さん、近藤さん」
「んん、どうしたトシ」
「はやくこっち来て。じゃないとおれ、死んじまうよ」
 はあっ? と間の抜けた声を出す近藤を残して、ぶつりと電源を切ってしまう。土方は、大仕事を終えたあとみたいに、携帯電話のかたわらにへたりと座り込んで、はあーと大きく息をついた。
 すぐに、廊下を駆けて来る騒々しい足音が聞こえてきたので、土方はくつりと笑う。
(ああ、そうか)
 あのひとに連れ添うために自分のからだは縮んだのだ。
 そうすんなりと納得した土方は、近藤の懐にこっそり入れてもらいながら片時も離れることのない自分を想像して、機嫌よく鼻歌を唄うのだった。


20070327