レストラン革命
昼飯時である。何を食べようかという話題になって、まず近藤が十メートル先にあるラーメン屋を指差した。
「ラーメン食おう」
土方はしかし、すぐさまかぶりを振って反論の意を表した。通り過ぎる際、チラと覗いた店内は座席が半分ほど埋まっていた。
ここじゃダメだな、と憮然として思う。
「何が食いたいんだ、トシは」
ほんのすこし、がっかりしたふうに近藤が尋ねる。漂ってくるラーメンの匂いに、後ろ髪を引かれているようだ。事実、彼はひどく空腹だった。手っ取り早く食べられるものであれば、なんでも良かったのだ。
そんな近藤を横目に、土方はしばし考える素振りをしてみせてから、「美味いモン」と端的に答えた。
「ラーメンは美味くねーのか?」
「じゃなくて……今日はラーメンって気分じゃねェの」
火のついていない煙草のフィルターを前歯で噛んで、迷いのない足取りで進む。近藤がなおも「何が食いたいんだ」と訊いてきても、土方は曖昧にうなずくだけで、はっきりと口にはしない。
やがて、一軒の店の前で土方の足は止まる。必然と、隣を歩いていた近藤も歩みを止めた。店を眺める。
「ここがいい」
「……ここォ?」
不満そうに近藤の眉間に皺が寄るのも無理はない。三日前にできたばかりのその中華料理屋の前には、店からあぶれた人々で、長々と行列ができているのだ。
「トシー、中華が食いたいんだったらさっきの店でも」
「近藤さん」
土方はライターを取り出し、煙草に火をつける。す、と息を吸って、近藤を見据えた。
「この店な、今週いっぱい炒飯がタダなんだって」
「炒飯が食いたかったのか?」
「……そんなとこ」
ちいさく笑い、列の最後尾に並ぶ。近藤もあとからついてきた。どうやら我が儘を聞き入れてくれるらしい。
列に動きはあまり見られない。
ざっと見積もっても、三十分は並んでいないと座席に着くことはできないだろう。
だが土方は、腹がへったと嘆く近藤とは対照的にひどく満足げである。
「なァ近藤さん、ここのほかにもイイ店あるんだ。今度はそっちにも行こうな」
つい先日、土方はこっそりと江戸の情報雑誌を購入していた。今流行りの、または新しくできる話題の料理店の特集を組んだものだ。
そのどれもが土方にとっては興味のない対象でしかなり得なかったが(だいたい、わざわざ長蛇の列に並んで腹を満たすくらいなら、自分で握り飯でも簡単なものを作ってマヨネーズをかけて食べたほうが断然マシだと考えている)、ページの端を折るなりして、ちゃんとチェック済みなのである。
つまりこの店も、その雑誌から見つけたものなのだ。
「近藤さん、アンタはちょっと休むべきだよ」
並んでいるこの時間だけでも、と土方はつぶやく。だが、それはあくまでも表向きの口実であった。
並んでいるこの時間だけでも、自分だけを見ていてほしいと願っているのが、土方の本心だ。
逆効果だったかな、と土方がのちに後悔したのは、並んでいる間に近藤の口から出てくる話題が、食べ物に関するものに終始したからである。
20070323