眼球忌憚 5


 朝起きると目が見えなくなっていた。確かに瞼は開いているはずなのに、視界は暗闇のまま何も映さない。 目をこすってみてもあまりかわりはなかった。視力は失われたままである。 土方はとたんに何もかもがめんどうくさくなって、二度寝をしてしまうことに決めた。 確か今日は、昨日までに溜まってしまった書類の整理をしようと思っていたはずだが、どうでもよくなったのだ。 土方は目を瞑ってちいさく吐息した。目を瞑っても瞑らなくても何も見えないことにかわりはないけれど、寝てしまえばこの状況から抜け出せるのではないかと思案した。 そんな暗鬱としたなかで土方は廊下の先から駆けて来る足音を聞いた。障子の外から声がする。副長、起きてますか。 遠慮がちな声は山崎のものだった。ああ、起きている、と土方はあまり判然としない口調で返した。もうすこしで眠ってしまいそうだった。 どうしたんですかと重ねて問いただされたので、今日は休むと苛立たしげに言ってやった。 その声色で土方の機嫌が低下の一途を辿っているのを悟ったのか、山崎ははあそうですか、と口のなかでつぶやいて部屋の前から去ろうとする。 土方はあわてて彼を引き止めるように、近藤さんは、と口を開いて逆に問うた。え……? 山崎は怪訝に満ちた声音をもらしたあと、局長は出張に行きましたけど、と狼狽えたふうに答える。 それを聞いた土方は、なるほどあのひとはいなくなってしまったのかとようやく溜飲を下げて、わかったさっさと行けと山崎に冷たく言い放った。 土方の目はいまや見えるようになっていた。だがしかし、ぼんやりと淡い膜の張った眼球が映す映像は、はたして己の姿ばかりであった。 ああ、ああ、こんなはずではなかったのに。土方はごろりと身体の向きをかえ、かたわらに寝そべる体躯にそっと身を寄せた。 俺はアンタの姿が見たかっただけなのに。悲嘆に暮れながら視線を布団の脇へとやる。そこには三対の眼球と一対のプラスチック製の球体が無造作に転がっていた。 土方はそのうちの一番手前にあったものを手にとって、手のひらの上で戯れにころりと転がした。 なァ近藤さん、どれがいい? ひとつはあぜ道で寝転がっていた若い男の酔っ払いのもので、もうひとつは路地裏で段ボール箱でこしらえたちっちゃな家に住むくたびれた中年男のもので、残りのひとつは……ああ、これはいらねェな。 薄く笑んだ唇は刹那引きつり、なんの躊躇もなく拳を強く握りしめた。汚れた手を忌々しく舌打ちしながらシーツで拭きとって、ちいさく嘆息混じりのつぶやきを落とす。 俺が、アンタの目になってやるからな。土方は微笑し、微動だにしない近藤の唇にやさしく接吻けた。


20070320