腐敗する腕
真冬のような辛辣な寒さは和らぎ、朝日が顔を覗かせる時刻も幾分はやくなったように思える。春が近づいているのだ。
近藤が目を覚ましたのは、数分前のことだ。早起きの隊士が雨戸を開けたのか、薄い障子から差し込む早春の太陽の光が灯りのない部屋中をやさしく照らしていた。
その光彩に呼応するかのように、深く心地の好い微睡からゆっくりと抜け出した。
近藤は、動かない。起きて、布団を畳んで押入れにしまって、顔を洗い、歯を磨いて、テレビの星座占いを観て、朝食を食べて――という常日頃の朝の習慣をすべきであるのに、近藤は動かない。――というよりも、動けなかったのだ。
起きた瞬間に、腕の感覚がない、と自分の右腕に不審と焦りを覚えたけれど、その原因が判明するや否や、近藤の口許にちいさく笑みが刻まれた。
自分の腕を枕代わりにして眠る、同衾する土方の顔が常とはちがって幼く見えたからである。表情はとても穏やかで、見ているだけで胸の奥がくすぐったくなるような、そんな温かさをもっているものだった。
これを見せつけられてしまっては、彼を引き剥がして起きることも彼をはねのけて起きることだって、どうすることもできないではないか。
そろそろ起こさなければならない時間であるのに、どうにも実行に移せない。
そうこうしているうちに、またうとうととしてくる。耐えられずに近藤は眠ってしまった。
それだから数十分後、今日は非番である土方に「寝坊だ、近藤さん!」と叩き起こされ、すっかり使えなくなった右腕に四苦八苦しながら着替えをすますことになるのは、また別の話になる。
20070314