「……なに、そいつ」
近藤のアパートに訪れた土方を出迎えたのは、しかしながら近藤ひとりだけではなかった。
扉の内側から顔を覗かせた近藤に笑みを浮かべた土方は、その足元にすり寄る存在に気づいた途端眉根を寄せた。
寒いだろう、はやくなかに入れと腰にまわされる腕には逆らえず、足を進める土方の視線は依然として近藤につきまとう猫に釘付けだ。
「アンタ、猫なんて飼ってたっけ」
「いや、同僚が三日間旅行に行くっていうんで、その間俺が預かってんだ」
「三日間?」
「おう」
三日間、と土方は暖かいコタツにもぐりこみながら口のなかでもう一度つぶやいた。
「大丈夫なのかよ。アンタ、猫なんて飼ったこと、あった」
「心配無用、ちゃんと説明は受けてるからな。それにこいつ、すげーひとなつこいんだ」
ふたつのマグカップを手にして、台所から戻ってきた近藤も正面のコタツに入る。
するとそれを待っていたかのように、軽快な動作で猫が近藤の膝の上に飛び乗った。
確かに、すっかり近藤になついているようだ。
実際、先ほどから見ていても猫は台所へ行く近藤のそばをもはなれようとはせず、ずっとくっついている。
「ふうん」
土方は身を乗り出し、我が物顔で暖かな場所を確保した猫に手を伸ばした。
その瞬間、猫が毛を逆立てて飛び上がったので、驚いて手を引っこめる。
「あれっ」
おかしいなあ、と近藤が首をかしげる。
おそるおそるといったように猫の背中を撫でてやった途端、憑き物が落ちたみたいにおとなしくなった。
試しに土方がもう一度猫に触れようとすると、やはり先刻と同じく威嚇されてしまった。
「……いい度胸してやがる」
土方はくちびるをぐにゃりとゆがめた。
どうやら猫は、近藤の膝の上がいたくお気に召したらしい。いや、近藤自身が、と言うべきか。
明日から三日間の連休がはじまる。近藤とふたりでゆったりと過ごそうと計画していたのに、このままでは叶わないかもしれない。
そして肝心の近藤も近藤だ。
「飼い主がいなくて、寂しいんだろうなあ」
目を細めて猫を撫でる近藤に、土方は頬を膨らませた。
「近藤さん」
「うん?」
「寂しがってンのは、猫だけじゃねェんだけど」
くちびるを尖らせ近藤を見やれば、合点したように近藤はちいさく笑って自分の隣をぽんぽんと叩く。
「おまえもこっちへ来い」
「……二番煎じってのが気に食わねェけど」
文句を言いながら、それでも表情を和らげた土方は近藤の隣へと移動した。
だが、それをよく思わない存在がいることを、ほんのわずかに舞い上がったせいで忘れていたのがいけなかった。
近藤の膝の上にいた猫は、土方が近藤の肩に頭を乗せたと同時に鋭利な爪を向けた。
土方の手の甲には、見事な赤筋が数本できあがった。
じわりと血が滲むのにあわせて、土方の顔がひきつる。
「トシ、平気か」
焦ったふうな近藤の声も、もう耳には入らない。視線を向けるは、近藤の膝の上に鎮座する、猫。
「……斬る」
「は」
おもむろに立ち上がった土方は、どすどすと台所へ向かい、傷ついた手で包丁を握りしめた。
「テメェ、叩ッ斬ってやる!」
「ちょ、トシくんそれはダメェッ!」
――こうして、真夜中の不毛な戦いが火ぶたを切って落とされたのである。