バスタブより愛をこめて
ザバァッと勢いよく湯船に浸かり、大きく息を吐き出すと程好い熱さの湯がたぷんと揺れる。
「あーいい湯だなァ」
思わずひとりごち、その音が浴場にいい感じで響いていくのを近藤は楽しげに聞いていた。
そののんびりとした空間を、突如切り裂くものがあった。
「近藤さァァァァんッ!」
「ぎゃあああああッ!」
ガラァッ! と豪快な音をたて、浴場の戸が開く。
いったいなにごとだとあわてて振り向いた近藤は、タオル一枚、腰に巻いた土方の姿を視界に入れて、肩の力を抜いた。
「……ってトシか! 驚かすなよォォ!」
ピシャン! 強く戸の閉まる音、そして猛然とタイルの上を歩いてくる土方に近藤は思わずたじろいで顔を引きつらせた。
「え、なに、どうしたの、」
「俺が背中流してやる」
「の、わりにはあの、目ェ怖いんですけど……!」
それはサービスではなく、むしろ脅迫に近いものを感じられるのは気のせいだろうか。
「ほら、さっさと出る!」
有無を言わさぬ口調と表情で、近藤はあたふたと湯船から出るしかなかった。
指差された椅子に土方に背を向けるように腰掛けると、すぐに泡立ったタオルが背中に当てられた。
背中を洗う力加減はちょうどよく、気持ちイイかと尋ねられればうんと素直に頷いた。
「じゃあ次、こっち向いて」
「え……ッ」
「前も洗ってやるから。これじゃ洗えねェだろうが」
「や、いいです」
「いまさら照れることがあるか」
なに遠慮してんだよと不機嫌な声色が背後からするので、近藤はちょっとだけ首をひねって土方の顔を上目遣いで見やった。
「俺も洗ってやろうか?」
「……」
言えば土方は少し考える顔つきで黙り込み、しかし「今度でいい」と平然と受け流した。
近藤は頷いて、先刻の会話をうやむやにするべくさっさと腰を持ち上げて湯船に身を沈めてしまった。
まだ流してねェのにとぶつぶつ文句を言う土方におまえも入れと声をかけると、今度は土方はあっさりと素直に頷いた。
湯船は大人が三人入ってもまだたっぷり容量のあるサイズだ。
それでも土方のために少し脇に寄ってあげた近藤だったが、実際に湯に沈んだ土方が落ち着けたのは近藤のすぐ隣だった。
ぴったりと肌を寄せ合う密着度に近藤は思わず喉を鳴らしてこめかみからひと筋の汗を流した。
「……やばい、のぼせそう」
「まだ入ったばっかじゃねェか」
「や、そうなんだけど、なァ」
汗の量が多くなるのは、必ずしも湯が熱いからというだけではない。
ううむとひとり唸り声をあげた近藤は次の瞬間飛び上がりそうになった。
土方がこつりと頭を傾けて首筋に顔をうずめてきたのだ。
「ちょ、トシくんご乱心ですよォォォォッ!!」
近藤の動揺をよそに、土方はいたって真面目なふうにぽつりと呟く。
「ん……おっさんくさくねえ」
思わず近藤はうなだれた。さっきたくさん石鹸を泡立てて洗ってくれたのはおまえだったンじゃないか。
「ちょっとトシくん、オジさん、いやおにーさんだってたまにはフローラルのにおいを漂わせてみたいのよ」
「ふん、」
でもおれ、いつもの近藤さんのにおいが好きなのに。
目を伏せてちょっとだけ唇を尖らせて、子どもっぽい仕草に近藤は怯んでしまう。
ね、そんなのアリですか。
知らず見つめていた視線の先、不意に顔を上げた土方が目を細める。
「……なんだよ」
「やー……」
やっぱり俺もおまえのこと洗ってあげるな、お返しにと笑って土方の首筋にやさしく噛みついた。
20060930