*スパンキング嗜好のあるこんどうさん(ちょうドえす)と叩かれることに悦びを感じはじめるこんどうさんだァいすきなトシくん(ちょうドえむ)のお話。
絶頂カーニバル
これほどまでに、ひとの眼差しを怖いと思ったことはない。
土方はすくんで小刻みに震える腕を、どうにか抑えようと自らのもう一方の手で強くつかんでいた。
静かに、深く息を吸い込んだ。途端鼻腔を刺激するのは、床に敷き詰められた畳の匂いである。
嗅ぎ慣れているはずのそれは、しかし今この状況下において土方の神経を逆撫でするものにしかなりえなかった。
部屋には布団がひと組敷かれている。
掛け布団は足元で丸まっており、さらにシーツはくしゃくしゃに乱れて敷布団から外れてしまっていた。
しっとりと湿っているのはふたり分の体液のせいだろう。それは汗であり唾液であり、精液であったり――。
「トシ」
常よりもいっそう低い声色で名を呼ばれ、その変調を敏感に悟った土方はぴしりとわずかに頬を引きつらせた。
こっち、と人差し指で示された場所、布団の上であぐらをかいた男の正面に尻を突き出すよう、四つん這いになる。慣れた動作だ。
土方は裸身である。羞恥を感じないわけがない。
たとえ、数え切れないほどこの男の前で裸体をさらけ出していたとしても、肌を刺す含羞は綺麗さっぱりと拭えるものではなかった。
ただ、この声には抗えないのだ。おそらく、細胞のひとつひとつが彼を拒むことのないように出来上がってしまっているのだろう。
それもいいかもしれない。いや、正確には、それを望んでいる、だ。
土方は運命だとかそれに付随する茶番のようなものをはなから信じてはいなかったが、これに限っては別次元のものだと思っていた。
すなわち、近藤と出会ってからこれまでの事象すべてを必然の出来事だったと信じて疑わなかった。
ただひとつ、例外を挙げるとすれば、彼のすべてを把握するにはある種の忍耐力、または包容力が必要であるのだと、つくづく思い知らされたことだろうか。
(――ああ、こんなこと)
土方は項垂れた。巡りの良い血流が顔面と下半身に集中していくようだった。
ゆっくりと息を吐き出すと、ふ、と背後で鼻で笑う気配がした。もしかすると、両腕ががくがくと揺れていたのを、気づかれてしまったのかもしれない。
しかしそれももう、今となってはどうでも良いことだった。
目を強く瞑る。瞼の裏でチカチカと閃光が瞬いていた。止まないその光は、どくどくと高鳴る心臓の音と連動しているようだった。
「……んん」
覆うものが何もない土方の尻に、筋張った手が音もなく触れた。熱い手だ。
反射的に尻を締めつけると、奥の窄まりからたらりと生温い液体が太腿に伝い落ちていく。
先刻までの情事の際、後始末をしていなかったせいだ。
中に出してと請うたのは土方のほうだったし、掻き出そうとする手を、そんな必要はないと突っぱねたのも土方だった。
ただしそれは以後の――つまり現在の状況を予期して言ったものではないことだけは、確かだ。
ぐちゅりと音をたて、中に指が差し込まれた。散々男を呑み込んでいたそこは、指一本くらい易々と受け入れることができる。
放たれた精液も潤滑剤として役立っているのか、なんの抵抗もなく指の付け根まで埋まってしまったらしかった。
「は、ァ」
大きく息を吐き出して、とうとう土方は腕を折って上肢を倒した。片頬を湿ったシーツに擦りつけ、震える手で布を握り締める。
息を衝く間もなく、指の本数は増やされていく。それはいささか性急な行為であったが、しかし土方にとってはただの焦らしでしかなかった。
つまるところ、それだけではどうにも足りなくなっていたのだ。
「ふ、ン……、こんど、う、さん」
自ずと揺れる腰を、戒めるかのように押さえつけられた。脇腹の少し下、わずかにくびれた部分を強健な手のひらが圧する。
これで土方は動くことすら許されない。逃れることも誘惑するべく腰を揺らすこともできないのだ。
娼婦のような振る舞いをする土方に、男は厭がる素振りを見せながらも時には喜悦に頬を緩ますものだから、慎ましく彼の愛撫を受けようと身を委ねていた土方は結局娼婦と変わらぬものになっていた。
(ああ、なんて……)
なんて、ふしだらだろう。己の痴態をもし傍観できたとしたら、さぞ侮蔑に満ちた双眸で見下していたに違いない。
男の前に尻を突き出してあられもない姿を晒すだなんて冗談じゃない。しかし今、その軽蔑すべき人間に土方はなりきっているのだ。
目尻がひどく熱い。今にも泣いてしまいそうだ。もしくはもうすでに泣いていたのかもしれなかった。わからない。もう、ぐちゃぐちゃだ。
唐突に、土方の内部をかき回していた指が抜け落ちた。ひくりと熱い襞が蠢く。
休みを与えず、熱く滾ったものがあてがわれた。土方の喉がごくりと鳴る。己の卑しさに自嘲する間もなく、切っ先を押し込まれた。
「近藤さ……あァ……ッ」
常であれば土方の身体を気遣うため、焦らされているのではないだろうかという疑りも生まれほどそれはもう緩慢な挿入であるのだが、このときばかりは違った。
強引に押し入ってくる男を、土方はそれこそ身を切り裂かれるような思いをしながら受け入れなければならなかった。
「……っく」
燃えるような熱さだ。腹の奥の熱さに、土方は呻いた。だが容赦はない。間をおかず腰を打ちつけられる。
内部を抉られるような感覚が、土方を襲った。それでもまだその動作がスムーズなのは、先刻中に放たれた精液が残っているためだろう。
繋がった箇所から溢れる水音に羞恥を感じながらも、どこか救われた気がした。
「あ……」
挿入を繰り返されているうちに、土方の吐息に婀娜の色が混じり入る。それを揶揄するかのように、男がぎりぎりまで土方の窄みからペニスを引き抜いた。
いやだいかないで。甘く懇願しようと土方は唇を動かそうとしたが、それは叶わなかった。
「ひ……ッ」
ぱしりと苛烈な音が部屋に響いた。同時に尻の肉にじわりと激痛が走る。
子どもが親にお仕置きされているかのように、尻を叩かれているのだ。
何度も、何度も。
平手打ちされたそこは、本来ならば日にも当たらず白い色を保っているのだろうが、今はおそらく、無残にも真っ赤に腫れてしまっているだろう。
(――いた、い)
痛くて、気持ちが良いだなんてことはあるはずがないのに、土方の腹の下ではペニスが反り返り、先端から蜜を滴らせていた。
シーツにはちいさな水溜りができている。しかし、そのことに土方は気づかない。気づく余裕もなかった。
「やらしいこだ」
嘲笑するでもなくただひとつの感想とも言うべきか、その声色はひどく冷然としていて、それがさらに土方の奥深くに眠るマゾヒズムをぐちゃぐちゃにかき回していくことになる。
まるで底なし沼のようだ。溢れ出てくる快感は際限なく土方を襲い、そして新たなる世界へと導いていく。
慄き、そして喘ぎよがる様にはすでに自我のかけらもなく、身に降り注ぐ嘲笑すらも快楽のすべとなりえた。
「あ、あ、あ」
すすり泣く土方の口許にはしかし、次第にうっすらと笑みが刻まれていった。
逃れることのできない運命、この時間こそが土方にとっての至福のときなのだ。
いじめて、ください。
20060803