時間泥棒


 書類整理に没頭していた近藤は、それだから背後に立つ存在にまったく気づくことはなかった。
 突然がっしりと背後から抱き締められ、驚きのままに「うぎゃッ」と情けない叫び声をあげながら机に上体を伏す。 その際にせっかく整理した書類がばらばらと畳みの上に散らばってしまったのを、惜しんだ双眸で見送った。
「近藤さん」
 くぐもった声が響いてくる。考えずともその声の主はすぐにわかった。
 体重をすっかり近藤に預けている彼は、どうやらそこから退く気はないようだ。 腰に回された強固な両腕がそれを物語っている。
 近藤は不自由な体勢をどうにかしようと、ほんの少し上肢を持ち上げた。
「トシ、いきなり何すんだ」
 振り向くと、視界の隅にわずかながら柔らかに揺れる黒髪が映った。しかし背中に顔をうずめているのか、彼の姿は認められない。
「……ひま」
 朴訥と返ってきた言葉に近藤は苦笑した。
 常であれば土方は近藤の仕事を邪魔することはない。 こうしてまとわりつくのは、今日は非番にもかかわらず近藤がめずらしく仕事に勤しんでいるからだろう。
 つまり、それだけ時間を持て余しているのか。
「総悟と遊んで来い」
 縁側で愛用のアイマスクを着けて眠りこけていた沖田の姿を先刻見つけていたのでそう言えば、チッと忌々しげな舌打ちが返ってくる。
「なんで俺が遊んでやらねえといけねえんだ。第一、総悟の野郎、サボって寝てんだよ」
「あらー……」
 てっきりアイツも非番だったと言うと、「だからアンタは甘いンだ」とため息混じりに言われてしまった。 言い返すこともできないので、近藤は苦笑して「ごめんな」と呟くしかなかった。視界の端の、黒髪がまたひとつ、揺れた。
「謝ってほしいんじゃねえ。……俺は」
 気づいてほしかっただけだ、そう呟く土方に近藤は彼が部屋に入ってきたことすら気づかなかったことを思い出し、再度謝罪の言葉を紡ごうとして、代わりにため息を零した。

20060722