落ちる
闇を切り裂くようなひめいが耳をつんざいた。
その刹那、近藤のからだが強張ったのを土方は触れ合った肌からじかに感じ取った。
「いまの、」
「だめだ」
土方はあまったるく囁いて、近藤の背にするりと両腕を這わした。汗ばんだ背筋をなぞると、近藤が困惑したふうに眉根を寄せた。
「でも」
「せっかくイイところだったのに。気が利かねェのな」
不服に鼻を鳴らし、近藤のくちびるにキスをしようとおもてを上げた。
しかしくちびる同士がくっつく前に、近藤がすっと背筋を伸ばして身を引いてしまったのでそれは叶わなかった。
土方はもう一度くすんと鼻を鳴らした。
「別に、俺たちが行かなくても他の奴らが駆けつけてるだろ」
近頃、真夜中に外を出歩く婦女が暴行される事件が多発していた。
土方は、そんな夜中にひとりで歩く女が悪いと吐き捨てたが、近藤はそうはいかないと、真夜中のパトロールを決行するよう隊士に命じたのだった。
人通りのない狭い路地裏にふたりはいた。建物と建物の間、窮屈な場所でからだを密着させていれば、浅劣な意図を持って触れたくなるのも時間の問題だった。
土方が近藤のほうへ身を寄せると、近藤は身を硬くした。それにほんの少し笑って、くちづけをねだるみたいに近藤の顔を下から覗き込んだ。
土方の企みを察知したのか近藤がわずかに首を振る。土方は目を眇めて近藤のくちびるに自分のそれを押しつけた。
昼間、ここら辺が危ないンじゃねえの、と地図を広げて見廻りの区分をしたのは土方だった。
いまのひめいは、ここから一番近くに分担させた隊士に任せておいても平気だろうと思わせる距離から聞こえてきたものだ。
「だから平気だ」
とうとう土方は苦しく嘯いた。
「アンタ以外、興味ねえんだよ」
自分がここにいるのは近藤がいるからに過ぎない。他の女がどうなろうと、知ったことではなかった。
近藤のひとみに失望の色が浮かんだのを見た土方は、薄く笑って瞼を閉じた。
暗闇に伸ばした手は、近藤に触れることすら赦されなかった。
(消えてしまえばいいのに)
20060716