かわいいひと


 朝から隊士たちの視線が自分に集まっていたことには気づいていた。 その理由を訊きたくても、目が合うなり顔を逸らされてしまったり逃げられたりしてしまったので、それは遺憾ながら適わなかった。
 苛々と煙草をくわえながら、土方は朝の会議に出席すべく所定の位置へと座った。 近藤はまだ姿を現さない。局長が来なければ会議は始められないので、ぼんやりと待つ。 その間にも隊士たちは不可解な反応を見せた。 不可解、というよりも土方にとってはひどく不快なものだった。くすくすと笑う声があちこちから聞こえてくるのだ。
 ……一体なんなんだ。とりあえず、一番近くに座っている沖田に目を向ける。 彼もまた薄く笑っていたけれど、それはいつものことなのでさほど気にならない。――といったら嘘になるけれども。
「……おい総悟」
「なんですかぃ土方さんマヨネーズが食いたいンなら勝手に炊事場行って取りに行ってくだせぇちなみにストックも自分で買いに行けよコノヤローああそれと」
「黙れ」
 土方は詰まることのない沖田を一蹴して追及を諦めた。コイツに訊いた俺がバカだったんだ。 深く紫煙を吐き出したところで近藤が「おはよーう!」と馬鹿でかい声を出してやって来た。途端土方の気に障っていた嘲笑も内に潜む。
「近藤さん、ちょっと遅刻」
「おおスマンスマン。厠に行ってて……ってトシ、今日なんかかわいいなあ」
「な……ッ」
 隣に座るなり近藤がにっこりと笑顔を浮かべて思いもかけない言葉を落とすので、土方は絶句する。「かわいい」だって?  顔を真っ赤にさせた土方は「バ、カなことを言ってンじゃねえよ」とどもりながら近藤を睨みつける。その迫力のない眼に近藤は笑って、
「だってトシ、おまえ」
「わ……っ」
 不意に腕が伸びてきて、驚いた土方は身をすくめた。 近藤の手は土方の髪の毛をさらりと撫でつける。まるで壊れ物を扱うかのような優しい仕草だった。 土方はぴくりとも動けずにいた。口だけは金魚みたいにぱくぱくと開閉を繰り返していたのだけれど。
「寝癖」
「……え」
「おまえでもこんなことあるンだなあ」
 近藤の手が離れるや否や、土方は撫でられていた箇所に触れた。確かにぴょこん、と髪の毛がひと房跳ねているようだ。
 つまり隊士たちの様子がおかしかったのは、すべて鬼の副長と呼ばれる自分の寝癖せいだったのか――。 溜飲が下がった土方は目を据わらせ憎き部下たちを睨みつけた。 けれども隣で「かわいいかわいい」と繰り返し言ってくる人がいるものだからすっかり毒気が抜かれてしまって、「……直してくる」と土方は咳払いをして座を外すしかなかった。

どうにかなってしまいそう、だ。
20060605