手のひらに愛


 飯の時間になっても近藤さんの席はあいたままだった。昨晩帰りが遅かったみたいだし、さては寝坊か。近藤さんはどうしたと総悟にきけば、今日は非番の日じゃなかったですかと飯をほおばりながらこたえる。
「そんなこと知ってる。なんで飯におきてこねえんだってきいてんだ」
「ああ、いつものあれじゃないですか」
「いつものあれ?」
「昨日また女にふられたって」
 初耳だった。
 べつに近藤さんがふられるのはめずらしいことではないが、俺はそれでも、そんなはなしをきくたびにいちいちショックを受けるのだ。
 黙って腰をあげると、ちょうど箸を置いた総悟がチラリと俺をみあげた。
「ひとりで泣かせておいたほうがいいんじゃないですかィ」
「うるせえな」
 俺のほうが泣きてェよ。
 近藤さんの部屋を訪ねると、寝ていると思っていた近藤さんはすでにおきていた。泣いてもいなかったが、ただおきぬけのままぼんやりと部屋のまんなかにあぐらをかいて座っていた。おはようトシ、と目を細める近藤さんの笑顔にいつもの光はないようにみえて、俺はすこしだけ苦しくなった。
「近藤さん、飯は」
「あとでいくよ」
 そういって近藤さんは無造作の髪の毛をぐしゃぐしゃとかきまぜる。
「髪くらいセットしろよ」
「んー、今日はいいや……」
「じゃあ俺がやってやる」
 え、と目を丸くする近藤さんにうむをいわさず整髪料のありかをききだして、俺は近藤さんの背後に陣取った。冷たいクリームを手のひらにだしてのばし、乱れた硬質の髪にふれた。近藤さんはくすぐったそうに一度頭を揺らしたきり、けっきょくされるがままになっていた。ぎこちない動作で、たれた前髪もいつものようにすっかりたててしまう。
「よし、終わり」
「ありがと」
「やっぱアンタはこうじゃないと」
 うん、と近藤さんは満更でもなさそうにうなずく。
「かっこいい?」
「ああ」
「惚れるくらい?」
「ああ、惚れる惚れる」
 こういうときぐらいしか吐けないせりふだ。近藤さんには100%冗談にしかきこえないかもしれないが、俺はいつだって、
「ほんとうだからな」
 無性に広い背中に抱きつきたくなった。だけど俺はそれをぐっとがまんして、近藤さんのセットしたばかりの髪の毛をぐしゃりと手のひらでかきまぜた。
「トシィ!?」
「やりなおし」
「なんでェ!」
「ちょっといまのかっこよすぎたから」
「いいじゃんそれで!」
「だめ」
 もうすこしこのままでいさせてくれよ。

20090410