至高な右手が報われる日は訪れるのか


 近藤が出張に出かけたのはほんの三日前のことだ。しかし土方には、近藤が屯所を発ったあの日のことがもう遠い過去のように思えてしまう。近藤から連絡があったのは目的地へ着いたという初日の報告のみで、以来近藤の声を聞いていなかった。こちらから連絡しようにも気が引けてできないでいた。
 どうせ今夜も連絡はないだろうし、と近藤が旅立ってから触れることの多くなった携帯電話をふてくされた気分で布団のうえに放り投げた。なにをするでもなくグダグダと起きていたらいつのまにか日付がかわっている。そろそろ寝ようかと布団にもぐりこんだもののなかなか寝つけない。何度も寝返りを打っていた土方の右手は無意識のうちに股間をさぐっていた。脳裏に近藤を思い浮かべて自分の手を近藤の手なのだと錯覚させておのれを慰める。枕に顔を押しつけ荒くなる呼吸を鎮めようとするがからだの熱はあがる一方だ。かすかに震える太腿のあいだで分身がいまにも達しようかというそのとき、唐突に電子音が鳴り響き土方のふやけた思考を打ち破った。
 枕元の携帯電話に伸ばしかけた右手が濡れていることに気づいて、かわりに左手を差しだす。だれがこんな夜中に、と思う反面なにかしらの予感はあった。だから土方は携帯の液晶画面に近藤の名前が映りだされていても驚きはしなかったし、自分を呼ぶ音に応えるべくなんのためらいもなく通話ボタンを押したのだった。
「トシ? すまん、起こしたか」
「いや、起きてたよ」
 なにごともなかったかのようにすまして答えるが、携帯越しに聞こえる近藤の第一声で不覚にも達してしまいそうになっていた。
 時間がとれなくてなかなか連絡ができなかったんだと告げる近藤の申し訳なさそうに眉尻を下げる姿が想像できて、別にこっちのことは気にすんな俺に任せておけなどと気持ちとは正反対の台詞を薄っぺらい笑顔をにじませながら吐きだしつつ土方は熱の冷めない股間にふたたび手を伸ばす。
 同じ右手でありながら与えられる快感は先ほどとは雲泥の差で、あやうく声を漏らしそうになったほどだ。乱れる呼吸を聞きとがめられ、どうした具合が悪いのかと訊ねられてしまう。まさかアンタの声を聞きながら自慰をしていますだなんて言えるわけがない。別にどこも悪くないよとあたりさわりのない返事をしてごまかしておくがいまにも平常心を失ってしまいそうだった。
 こんな時間にすまんと謝る近藤の声の調子でそろそろ電話を切られてしまうのだろうかとどろどろに溶けてしまいそうな思考で鋭く察知する。このまま通話を終えるのがいやで、今日はなにをしたんだと話を促して会話をつづけようとした。ただし土方は相槌を打つのがほとんどで、近藤の声を聞いているだけでじゅうぶんだった。本当のことを言えば話の内容は一切頭に入ってはこず、ただ耳もとで近藤の声を感じながら性器を扱くのに必死だった。
「ごめん、近藤さん」
「なんのことだ?」
「……なんでもない」
 罪悪感に押し潰されそうになりながら土方は射精した。通話が切れたあともしばらく寝つけず、汚れた右手で携帯電話をにぎりしめていた。

20090118