言うに事欠いて


 寝苦しくて目が覚めた。暗い部屋のまんなかで、汗でからだにまとわりついた寝巻きを気にしながら近藤はむくりと上半身を起こした。なにか夢を見たような気がするがまるで思い出せない。ろくな夢ではなかったのだろう。胃がむかむかするのは飲みすぎたせいだろうか。そんなに飲んだ覚えはないのだが自信はない。
 無性に喉の渇きを覚えたので、冷たい水を飲もうと部屋をでた。夜明けまえの廊下はひんやりと涼しかった。大きなあくびをしながら通りかかった居間で、思いがけなく人影を見つけ、ぎくりとして立ちどまる。
 こんな時間にいったいだれだ。
 不審と警戒に満ちたまなざしを薄暗い部屋のなかへむけ、目を凝らして見る。暗がりに慣れた双眸がとらえたのは、うつむいていて座りこんでいる土方のすがただった。安堵の息を吐きだし、近藤は彼に呼びかけた。こちらにはまったく気づいていなかったらしい、人影はぴくりと反応し、ゆっくりと振り向いた。
 土方は近藤の顔を見ると、一瞬怯えたような表情を見せた。すぐ無表情になったが、あまり見かけたことのないその土方の様子に近藤は違和感を覚えた。
 どうしたんだと訊ねられてはたと我に返り、喉が渇いたから水を飲みに来たんだと答える。ああそう、と訊いてきたくせにそっけなく言い放ちそっぽを向いてしまう土方に近藤はおなじ質問をしてみた。俺もそう、と返ってきた言葉にはほんのすこしの愛想も窺えず、これはさては機嫌が悪いんだなと苦笑したところ、なに笑ってんのとさらに温度の低い声色で問われてしまい、近藤は大仰に肩をすくめて見せた。
「なんか怖い夢でも見たのか?」
 問いかけて、唐突に思い出す。夢の内容。あれはそう、たしかに夢だった。
「そういえば俺、おまえの夢を見たぞ」
 無意識のうちに告げた言葉に、土方の表情がほんのすこし強張ったように見えた。そう、と短く言ったきり、どんな夢を見たんだとも訊いてこない。近藤もいつもとはちがう土方をまえにしてなんとなく夢の内容を言いそびれてしまう。
 こんな雰囲気のなかではとてもじゃないが言えなかった。
 おまえに「好きだ」と言われたんだよ、なんて。
 笑ってすませる話もさらに微妙な空気をつくってしまいそうだ。くだらねえな、と一笑に付されるのならまだしも、いまの土方とそんな応酬ができるとは思えない。
 そろそろ寝る、と言って土方が立ちあがった。うつむきかげんで近藤のかたわらを通りすぎていく。そのとき、かろうじて聞き取れるくらいの小声でつぶやきを残していった。
「それはたぶん、夢じゃねえよ」
 理解するのに時間を要した。あわてて近藤が振り向いたときにはもう、土方のすがたは見えなくなっていた。

20080906