はじめは酒が聴かせた幻聴かと思った。酒瓶をかかえて猪口を呷りながら土方は部屋の隅にいた近藤の右となりに陣取って、あまつさえ酔っ払いのなせる業のごとく近藤の頑丈なからだに寄りかかっていたのだ。といっても正体を失うほど酔いつぶれてはいない。からだを預けていても不自然ではない状態に見せるよう、目論むことができるくらい正常な判断はできていた。
近藤は素面のようだ。つきあい程度にしか酒を口にしていなかったのを土方は見ていた。呑まないのかと訊ねれば、もう呑んだよとあっさりしたこたえが返ってくる。いつもはもっと呑むくせに。熱い液体とともに言葉を喉の奥に流しこみ、からだをしならせ近藤の肩に頭をのせる。眠い、というつぶやきで先手を打った。あるいは臆病風に吹かれたのかもしれない。その行為に他意はないのだと知らせたかっただけだ。
案の定近藤は土方のたわ言を信じたようで、「もう部屋に戻るか?」とかおを覗きこんでくる。土方は目を伏せ、返答に窮した。このままでいたいンだよという言葉は喉に引っかかっているもののどうにも口にできやしない。
黙っていると、おもむろに近藤があぐらを崩して両足を前方に伸ばした。ほら、となにかを促すかのようなやわらかい声に土方はかおをあげて近藤を上目遣いに見やる。
「じゃあ俺の膝を枕に貸そうか」
近藤は目を細めてわらっていた。
「寝心地は悪いかもしンねーけど」
幻聴かと思ったからなんの返事もしなかった。だが無意識のうちにわずかな硬直をみせたからだを近藤から離そうとしたそのとき、つづけられたその言葉から土方ははじめて先ほどのアレは幻聴ではなかったのだなと納得したのだった。
からだをかたむけて近藤を見つめる。近藤の表情は冗談を言っているようなものではない。おそらく――いや、きっと。
土方はとたんにそれまでなんの気もなしに呑んでいた酒が急速にからだじゅうにめぐっていくのを感じた。ぐるぐると目のまわるような気持ち悪さ、安定のしない視界はぶれる一方。にわかに指先が震え、猪口から滴り落ちた酒がたたみにしみをつくるのにも気づかない。
「俺……」
冗談だろうと笑いとばすのには時機を失した。それに唐突すぎた。
「俺は……」
冗談だ冗談にきまっている本気にするな後悔する。
これはチャンスだいまを逃したらきっとこれから先もうないにちがいないだから。
正反対のふたつの感情に追い詰められ身動きもままならなくなった土方は、後頭部に伸びてきた手のひらに押しつけられるかたちで体勢を崩し前のめりになった。力強い腕にされるがまま、倒れこんだのは近藤の膝のうえ。
そういえば酒はと不意に思い出したのは混乱のためか、自分の手を見やればそこにはなにもない。そろりと見あげた先、近藤の手にそれらはあった。動転していて奪われたことすら気づかなかったらしい。
頭の下にある太腿はたしかに寝心地がいいとはいえない。なんせやわらかくないのだから枕代わりになんてするものじゃない。しかし安定感はあって不思議と落ち着くのだった。心臓はひどくさわがしかったけれど。
「トシ」
「ん、……ねむい」
近藤がかおを寄せてくるのがわかって、土方は腕で自分のかおを覆ってしまった。そのまま寝たふりをしてしまおう。そうすればしばらくこの居心地の好い場所にいられるのだから。
猫のように背を丸め、やがてほんとうに寝入ってしまうのも時間の問題だった。