溺れる人魚
カラスの行水並みに即行で風呂から上がる。髪の毛からぽたぽたと滴を落としながら廊下を歩き、部屋に戻った。
ろくに拭いてないせいで、寝衣の肩の辺りとか首筋が湿っていた。
でも俺はそんなことよりも、いずれこの部屋に来るだろうひとを思って気が気じゃなかった。
「トシ、風呂から上がったのか――」
襖を開けて顔を覗かせたのは近藤さんだ。黙って頷き返した俺に、近藤さんは渋い顔をした。
「なんでそんなに濡れてンのかなあ」
時と場合によっちゃひどくヤラシイ台詞に聞こえるかもしれないけど、このひとが言うとそうでもない。
ため息混じりのバカでかい声。ちょっと調子を変えてもっかい言ってみてくれ。……なんて頼みっこねえけどよ。
「ほらトシ、ちゃんと拭かなくちゃダメだぞ」
そう言って無造作にタオルをつかみ、近藤さんはぐしゃぐしゃと俺の頭をかき混ぜる。
思いのほか優しい手つきで、俺はそれがほんの少し、気に食わなかった。物足りない、と言うか。
たまに頬に触れる指に、偶然触れるだけの指に、いちいちびくついている俺をアンタは気づいてるのかな。
アンタにこうして少しでも触れられたくて、ろくに身体を拭かないで風呂から上がる俺に、アンタは気づいてるのかな。
俺はがくがくと頭を揺さぶられながら、近藤さんに気づかれないように息を吐き出した。
なんだかくらくら眩暈がするのは、のぼせちまったからだろうか。
風呂場の滞在時間十分程度、何にのぼせちまってるかなんて、決まってるけど。
20060511