Mr.ドロシー
「……うそつき」
俺は吐き出すように言ってから、その場にしゃがみ込んだ。
屯所の前で大の男が膝を抱えて座り込んでいる姿なんざ、はたから見ればたいそうおかしな図なんだろうけど、俺にはそんなことすら気にかける余裕もなかった。
近藤さんが出張で屯所を留守にして早三日。
俺にはもう一週間以上経ってるように思えるくらい、長い長い三日間だった。
近藤さんのいない屯所はとても静かで、あのひとがどれほどのムードメイカーだったのかを思い知った。
……いや、それだけでなく、夜だって俺は、すごくすごく、さみしくて……。
近藤さんが帰ってくるのは二日後だ。ああもう、耐えられない!
出張当日の朝、俺は離れがたくて近藤さんの行く先々ついて行っていたら(洗面所とか、厠とか。厠はさすがに、止められた)、近藤さんが俺の頭を撫でて、言った。
「知ってるかトシ、どっかの国ではな、こんなおまじないがあるんだぞ」
二カッと笑った近藤さんは胸を張り、言葉を続ける。
「会いたいひとに会いたいときは、靴のかかとを三回鳴らせばすぐに会えるんだぞ!」
「……それって、会いたいひとに会えるっていうンじゃなくて、うちに帰れるっていうやつじゃねえのか?」
「エッ、そうだっけ!?」
「……」
心底驚いたふうに大きな声を出す近藤さんに、思わずため息が漏れる。そんな俺に気づいたのか、慌てて近藤さんが取り繕うように口を開いた。
「あ、いや、違うぞトシ! 会えるの! ちゃんと会えるんだぞ! そんなおまじないもあるの!」
「……そうか」
そんなにむきにならなくても。笑ってしまうと近藤さんは頬を赤らめながらしかめっ面をして、「わかったな!」と凄んで見せた。
俺はそれに素直に頷いて、
「わかった、試してみるよ」
あれからまだ、三日しか経っていない。
「うそつき、」
会えないではないか。いくらかかとを鳴らしても、アンタは帰ってこねーじゃねえか。
「……バカみてェ」
すん、と鼻を鳴らして、俺は立ち上がった。
バカバカしい。別に本気にしたわけじゃない。
でも、ひょっとしたら……なんて思わせてくれるひとだから、あのひとは。
馬鹿げていると思いながらも、どこかで期待していた自分に呆れつつ、屯所へと踵を返す。
アイツら、真面目に仕事やってンのかな。もしさぼったら、八つ当たり……もとい近藤さんの代わりに叱りつけてやらなければ。
ぼんやりと思ったところで、背後から声がかけられる。それは俺がひどく焦がれていた、声。
「トーシー!」
振り向くと見える、駆け寄ってくる人影は徐々に大きくなり、俺の前にやって来ると立ち止まった。
俺は驚いてそのひとを見上げる。
「近藤さん、」
「トシ、こんな所で俺のこと待っててくれたのか?」
「なんで、」
近藤さんが帰ってくるのは、二日後のはずだ。それなのに、なんでここにいる。
驚きのあまり二の句を告げずにいると、近藤さんは息を切らせながら「仕事が早く片づいたんだ」と言った。
「……バカじゃねえの、」
「あれ、喜んでくれないの?」
「……ンなこと、言ってねえ、」
「おまじない、効いただろ?」
満面の笑みで近藤さんが言うから、俺はどきりとして、俺は別にまだ何もやってねえぞと言ってやった。
すると目を細めた近藤さんは俺の頬に唇を押し当て、囁いた。
「俺が、トシに会いたかったンだよ」
早く会いたい早く会いたい
早く会いたい早く、
20060426