四百四病の外


 その日土方は朝から具合が悪かった。頭が痛く、吐き気もする。立ち上がればふらりと眩暈。 足元がもつれ転びそうになったのを、慌ててその場にあった衝立に手をついて体勢を立て直す。
 風邪をひいたのかもしれない。思ったけれど、土方は苦しさを振り払うかのように朝のミーティングに参加した。
 その日の議題は、出張へ行く近藤が留守にしている間の隊士たちへの注進が主だった。
「まあ、トシがいるから何も心配はないと思うが」
 あまり無茶はするなよ、と豪快に笑った近藤は、なァトシ、と土方へと視線を向ける。 当の土方は、意識薄弱としていて、ぼんやりとしか近藤の声を聞き取れずにいた。 視線を察知して、取り繕うようにああ、と頷いて見せた土方は、それだから不審げに眉をひそめた近藤にも気づかなかった。

「トシ、なんだか顔色が悪いぞ」
 近藤が声をかけてきたのは、ミーティングを終え隊士たちが皆部屋から去った後だった。
 土方は平静を装っていたので、表面上からは土方が具合が悪いということは悟られないはずだった。
 大丈夫か、と優しい声色で顔を覗き込んでくる近藤に、土方はなんでもない、と笑みを作る。
「でも、」
「平気だって」
「だって、熱い」
 大きな手のひらが伸びてきて、土方の額を覆った。 びくり、と土方は肩を揺らし、その手のひらから逃れようと身を引いたけれど、後を追うようにして近藤も近寄ってくるので意味をなさなかった。
「出張、遅らせようか」
「え、」
 近藤の思わぬ言動に、土方は目を瞬かせた。
「何言って、」
「トシが風邪ひいてるのに、屯所を離れられないし」
「ダメだ、行け」
「大丈夫。別に急ぐものじゃないから、明日に変更しても、」
「行けって、」
 近藤の仕事の荷物になることは避けたかった。補助をすべき副長という座にいる自分が、足を引っ張ってどうするのだ。
 土方は気丈に振る舞い、俺は大丈夫だから、とはっきり告げた。
「だからアンタは、」
「なんだよトシ、おまえ、具合悪い俺を無理やり出張に出そうっつーのか?」
「……あ?」
 俺も実は、熱があるみたいでさ。内緒話をするかのように近藤は声を落としてそう言って、悪戯っ子のように口許をゆるめ、笑った。
 近藤が風邪をひいていないのは一目同然だった。きっと土方を気遣っての、彼なりの配慮なのだろう。
 土方は己の不甲斐なさを感じ、膝の上で拳を握った。
「……バカ野郎」
「ん? なんか言った?」
「バカは風邪ひかねえはずなのに、って言ったんだ」
「だよなァ! ホントバカは風邪ひかないのになんで俺……ってあれ。トシ、ひどいこと言ってない?」
「言ってねえよ」
「そォ?」
「ああ」
 土方は笑い、頷いて見せた。先刻まで散々だった気分の悪さは、なぜかすうっと薄らいでいった。
(俺が治るまで出張行かないっつーけど、だったらアンタは一生俺の傍から離れられねえよ)


この病、一生治らない。

20060423