自慰


 もうすぐ夜明けがやってくる。 この薄暗い部屋をやがて淡い朝日が明るく照らし始め、密事に溺れる艶やかな姿態をあらわに映し出すのだ。
 土方は深く息を吐き出した。朝の冷ややかな空気は、夜の衣のはだけた素肌を容赦なく苛むけれど、それとは相反して身体の内からじわりと滲み出る熱を冷ましてくれるのに具合がよい。
 虚ろな双眸に映るのは、さしもふてぶてしく勃ち上がる己のペニス。そしてそれを模るように添えられた己の手。わずかに濡れているのは、先端から湧き出す透明の液体のせいだ。
 ……厭な光景。思いつつ、目を逸らせない。力加減は充分心得ている、性器への刺激を与えるために手を上下させ、扱く。
 常よりも興奮している。なぜ、なんて理由はわかりきっているけれど。
「……トシ」
「ん、」
 それまで一言も発せずにいた男に名を呼ばれ、土方はぴくりと肩を揺らした。
 声、だけで達してしまいそうだ。愛するひとの声はそれだけで大きな力を持っている。
 落ち着くために、土方はもう一度深呼吸をした。けれど手の動きは、止められない。 今の一言で意識してしまった。見られているのだと、この痴態を。
「こんど、さん……」
 名を呼ぶだけで、いっそう身体の熱が上昇する。手の動きは止まらない。近藤さん、とうわ言のように何度も呼び、やがて土方は達した。
 迸る精液は自らの腹上を汚し、滴り落ちてシーツにまで染みを作った。乱れた呼吸に再び男の名を乗せ、気配のするほうへと視線を向ける。土方の横たわる寝具の傍らへと。
 相変わらず視界はぼやけていたけれど、あぐらをかいて座る近藤が満足げに笑みを浮かべているのはわかった。土方は安堵し、それと共に物足りなさを感じる。
 そんな渇望した土方の眼の色が近藤にも伝わったのだろうか。にじり寄ってくる近藤に、土方は知らずのどを鳴らした。
 期待を胸に躍らせる土方の両足を、近藤がつかむ。左右に大きく開かれ、土方の隠されていた窄まりもすべて近藤の前に晒された。
 暗くてよかった……。
 わずかに残った自制心がほっと胸を撫で下ろす。しかしそれも束の間のことだった。
 今度はシーツの上にだらりと力なく置いていた右腕をつかまれた。
「トシ、後ろもほしいって言ってる」
「んん……、言ってな……ァ」
 近藤のいかつい手につかまれた土方の細指は、やさしく、そして有無を言わせずというふうに強引に後孔へと誘われる。
「ん、や……、」
 厭だと小さくかぶりを振るけれど、身も心も近藤にすっかり従順してしまっている土方が本気で近藤に抗えるはずもなく、強制された指はゆっくりと第一関節まで飲み込まれていった。 不本意なことに、手にまみれた自らの精液が潤滑油として痛みを和らげてくれた。
「トシ、入った」
「……ちいち言うな……ッ」
 そんなこと、異物を含まれた自分がよくわかっている。拡がる感覚、うねる感触。すべてが身に覚えのあるものだ。
 土方が自分を慰めることは珍しくない。 近藤と恋仲となってからは数は減っていたけれど、近藤が出張などに行って傍にいないとき、どうしても身体の熱を抑えられなくなってしまったら、近藤との情事を思い出し自らを慰めるしか他に術はなかった。
 ただペニスを扱き射精をするだけでは事足りなくなったときには、後ろにまで手が伸びてしまうこともある。 近藤と身体を重ねることで覚えてしまった快感を忘れることは、いやしくも容易いことではなかった。
「あ、あ、あ、」
 一度入ってしまえば、心とは裏腹に勝手に指が動いてしまう。
 慣れていると、思われてしまうだろうか。いやらしい奴だと、蔑まれてしまうだろうか。
 まさか近藤の目の前で、こんな行為に及ぶなんて……。
 羞恥に耐え忍ぶ土方の顔は真っ赤に染まり、目尻にはうっすらと涙が溜まっていた。 唇を噛み締め声を抑えようにも、どうにも我慢ができない。 そんな土方を、近藤は下から覗き込む。
「見てみろよ」
 指が入っている様を、と近藤は言うのだろう。冗談じゃない。土方はまたも苦しげに頭を振った。
「ッ……い、」
「見ろ」
「あア……ッ」
 拒否することすら許されず、厭だという土方の、窄まりに入った指をさらに近藤が押し入れた。 近藤の低い声色にすら土方のペニスは震え、蜜を零す。
「トシ、こっちも忘れてる」
「ぅン……ッ」
 身を乗り出すような体勢でいる近藤の吐息が、しっとりと濡れたペニスにかかって焦れるような感覚が身体に走る。 はァ、と悩ましげな吐息を吐き出し、土方は無意識に己のペニスに触れた。 先刻射精したそれは、またも快感によって硬くなっている。
「近藤さんのが、ほしい……」
 媚びる声色に吐き気がしたが、今はそんなことを言っていられる状態ではない。
 近藤の悔しいほどに一糸乱れぬ着衣の裾を数度引き、なァ、とやはり娼婦のようなそれで近藤を誘惑するその様に、「鬼の副長」と怖れられる土方の姿は跡形もない。
 近藤の前では土方はひとりの欲に溺れた男でしかないのだ。
「な、こんどうさ、」
「ダメだよトシ、今日はあげない」
 今日はひとりで、ってやくそくだろ。に、と笑う近藤を前に土方は欲に満ちた瞳をそっと閉じた。

嗚呼なんて酷い人!

でも好きで好きでしかたないのです。
20060418