狂酔


 初めて抱かれたのは酒をしこたまあおった夜のことだった。
 泥酔する近藤さんを介抱するフリをして部屋まで送った。 近藤さんの巨体を運ぶのには苦労したけれど、ちっとも苦には感じなかった。
 足元の覚束ない近藤さんを「こっちだ」と制し、あらかじめ敷いてあった布団の上に横たえようとしたとき、毛布に足がからまってふたりで盛大に転んでしまった。
 あれはあくまでも事故であり故意ではなかったのだ。そう、決してわざとではない。
 それだから俺は身体にのしかかってくる体重をうまく受け止められずにそのままなすがままに押しつぶされた。 ぐ、とのどから息を吐き出して、なんとか俯せの格好から仰向けの体勢へと変える。 近藤さんは俺の上に倒れこんできたまま、酔いのためか苦しそうに眉をひそめていた。意識は相変わらず、はっきりしていないらしい。
「こんど、さん、」
 重いから、どけ。そう紡ごうとした唇を塞いだのは、近藤さんの唇だった。 肘をついて上体を起こした俺のすぐ目の前に、近藤さんの顔があった。
 真っ赤な顔、据わった瞳、ぷんと鼻をつくアルコールの匂い、そして唇には柔らかい感触。
 俺は突然のことに何も反応できないでいた。だってこれは、キス、をされている。
 呆然としているうちに、唇が離れていった。トシ、と小さく呟いた近藤さんは、俺の首筋に顔をうずめた。 うずめた、と言うよりもすり寄ってきた、と言ったほうが正しいだろう。 まるで子どもが母親に甘えるみたいな仕草だったけれど、顎にあたる逆立てた髪の毛だとか、首筋にかかる熱い吐息だとか、そう、それと身体にのしかかる体重だとか、そんなものに俺の下半身は正直に反応していった。
「近藤、さん、」
 離れろ、重い。なんて心にもないことを再びうそぶいてみる。しょせんは酔っ払いのしたことだ。こんなふうに意識してしまうなんて馬鹿げている。
 そう思いつつも近藤さんに強く抱かれた身体は熱を持ったまま何かを期待してうずいている。なんて浅ましい。
「ん、近藤さん……!」
 近藤さんの手がもぞもぞと動いて、俺の胸元、着物の合わせから侵入してきた。熱い手だ。 俺の身体もつられるように、発熱していく。……いや、それとも俺の身体が熱いから、近藤さんにまで移ってしまったのだろうか。
 近藤さん、と呼んでもうわ言みたいなうん、うん、という短い言葉しか返ってこない。そう、このひとは酔っ払っているだけなのだ。 それなのに……。ああ、なんて浅ましい!
「トシ」
 近藤さんが俺を呼ぶ。俺の名前を、呼んだ。つまりこうして抱き締めている相手が「俺」であることを認識しているということになる。
 そう思った瞬間に、身体の力が抜けた。ごろん、と完全に寝転がってしまうと、ますます近藤さんの体重を感じる。
「近藤さん……」
 俺は近藤さんの背中に手を回した。恐る恐る、でも力強く。近藤さんの力に、負けないように。

 これはあくまでも事故であって、故意ではなかった。そう、決してわざとではない。
 近藤さんからキスをされることも俺の予想の範疇にはなかった。けれど何かを期待していたのも事実で。
 俺は近藤さんが好きだったのだ。だからなんの抵抗もなく、抱かれた。あの日を決して、忘れない。


20060410