夜這


 夜半すぎ、おもむろに布団から起き上がった土方は静かに部屋を抜け出した。 目指すはひとつおいて隣に位置する、近藤の部屋だ。
 日中はむさ苦しい男たちの声が響く屯所内も、さすがに今はひっそり静まり返っている。聞こえるのは木々が揺れ葉がさざめく音だけだ。 古びた建物は足を忍ばせても板張りの廊下をギシリと軋ませ、そのたびに心臓が飛び跳ねるようだった。
 辿り着いた部屋の前でひとつ深呼吸をし、襖に手をかけ音を立てないようにそっと引く。 薄暗闇の中を凝視すると、部屋の真ん中に布団が敷いてあるのがわかる。そこで眠る男は土方の存在に気づいた様子もなくいびきすらかいていた。 大口を開けて眠る様はいかにも無防備で、どこからでも襲ってくださいと言っているようなものだ。
(いいのかよ、大将がそんなンで)
 近藤の局長らしからぬ所在にほんのわずかに眉間を寄せた土方の口許はしかし、うっすらと緩んでいた。 けれども決して無能ではない近藤は、敵、の気配にはすぐさま察知し起きるはずである。……はず、だ。
 つまり今こうして起きないのは土方の存在を許しているからであり、傍にいて当然の存在なのだと近藤は無意識のうちに認めているということになる。 そう土方は考えて、ひとり満足げに頷いた。
(ふん、)
 しょうがねえひと。胸のうちで呟いた土方は笑みを噛み締めて歩みを進めた。 近藤の傍らまでやって来るとしゃがみ込み、その顔を覗き見た。 普段の精悍な顔つきは今は影にひそみどことなくあどけなさすら感じさせる寝顔に、土方は知らず微笑をたたえる。
「近藤、さん」
 起こすわけでもなく小さく呼びかける。そうして返答がないことを確認してから、身をかがめて近藤の頬に接吻けた。 どことなくざらりとした感触はもうすぐ三十路を迎える肌だからなのか、決して触り心地の好いとは言えない近藤の頬に、土方はそれにもかかわらず体温を求めるように擦り寄った。 子どもみたいに高い体温は土方を安心させた。そのまま唇をすべらせ、近藤のわずかに開いた口に啄ばむようなキスを落とす。 かさついた唇をぺろりと舐めると、くすぐったさのせいか近藤が身をよじった。 あ、と思った瞬間には手首をつかまれていて、バランスを崩した土方は近藤の胸の上に倒れこんでしまった。
「うぐ、」
 呻き声が上がって、それから近藤の瞼が開く。ぼんやりと天井を眺めていた双眸は、その様子を傍観していた土方に向けられる。
「トシ、ぃ?」
 寝ぼけ眼がぱちりとまたたく。土方はぽん、と一度近藤の胸板を叩いてから身体を起こした。
「ダメだぜ近藤さん、アンタ無防備、すぎる」
「んー? ああ、……でも、トシだから、」
 だいじょうぶ。そう拙く言ってふわり、後頭部に置かれた大きな手のひらにやさしく撫でられ、土方は言葉に詰まった。
 何がだいじょうぶ、なんだか。思わずくつりと笑いが零れる。
「トシも、入る?」
「ん、」
 近藤が捲り上げた布団の中に土方は身体をすべり込ませた。 思ったとおり熱気のあるそこは近藤の男くさい匂いと相まっていささか息苦しいものがあったけれど、それでも土方にとっては居心地の好い場所でしかなかった。

20060409