12:二人で楽しむ
道の往来で喧嘩がはじまったという通報を受けて現場にやって来たのはいいものの、取っ組み合いの喧嘩をしているのは若い男女ふたりであり、聞いていれば「今夜のおかずはコロッケだと言ったはずだ」だとか「でも今日はキャベツの特売だったからロールキャベツにするのよ」だとか、まったくくだらない言い合いを至極真剣に繰り広げているのだからたまったものじゃない。
なんだ攘夷派かと意気込んで来た俺たちはカップルの迫力に肩透かしを食らったようにその場に立ちすくんでいた。
言い合いはやがてつかみ合いにかわり、店のまえで騒ぎたてられている肉屋と八百屋にとってはいい迷惑だろう。肉屋と八百屋のおばちゃんはふだんは敵同士なものの(あくまで俺の予想だが)、まったくいやあねェと言わんばかりにしかめた顔をあわせているのが見て取れた。
夫婦喧嘩は犬も食わない。あんなもん放っておけと俺は言ったが、いっそう諍いの激しさを増していくふたりを目の当たりにした近藤さんは「しかたない、じゃあ俺がとめてくるよ」と肩をすくめながら彼らのほうへと歩いていく。
だいじょうぶか、あのひと。危惧したとおり、仲介に入った近藤さんに女が標的をかえてキイキイとやかましい奇声を発しはじめた。
近藤さんに指一本ふれてみろ、俺がたたき切ってやるからな。俺の心中を察したかのように、顔中傷だらけになった男が女の腕をつかんで近藤さんから遠ざけようとする。そうそう、ハナからおとなしくしてりゃいいンだよ。
男と女のあいだで右往左往していた近藤さんがどうやって話をつけたのかはわからないが、ようやく騒ぎが収まったらしく近藤さんがこっちにもどってきた。どうやら無事に解決したようだ。なんともあっけない幕切れだ。
「今日はコロッケとロールキャベツにするんだと」
苦笑した近藤さんは、ついでだから昼飯でも食いに行くかと俺を誘う。なにが食いたいかと訊かれた俺は、いましがたの光景――くだらない夫婦喧嘩――を思い出し、ふと考える。
俺たちはあんなふうに喧嘩をしたことがあっただろうか。思い返してみるが、あんなふうに言い合いをしたり取っ組み合いの喧嘩を近藤さんとしたことはなかった。総悟との喧嘩というかあいつが俺に茶々を入れてくるだけだが、それならうざったいくらい日常的になっていてそれをとめに入るのはやっぱり近藤さんだった。総悟のやつと喧嘩をしても不愉快なだけだが、近藤さんと喧嘩をしてみたらどうだろうと妙な好奇心がうずいてくる。
もちろん本気じゃない。夕飯の言い争いをしたりテレビのチャンネル権を奪い合ってみたり、原因はくだらないことがいい。他人にとってはどうでもいいことで争って、じゃれあってみたい。
「……アンタは?」
なにが食いたいのかと訊ねると、しばらく迷った末に「ラーメンかなァ」と答えがかえってくる。
「俺は牛丼が食いたい」
正直なんでもよかったが、あえてちがうものを選んでみる。すると近藤さんはうーんと難しい顔をして黙りこんでしまった。そんなにラーメンが食いたいのだろうか。これはもしかすると言い争いの前兆か。ひそかに期待に胸を躍らせながら近藤さんのようすを窺っていると、
「よし、そんじゃ牛丼食いに行くか」
思いもかけない言葉に出鼻を挫かれた。戸惑っていると、「だってトシが食いたいって言ったじゃないか」って、そんなことを言われたら「でもラーメンのほうが食いたいかも」と答えるしかないだろう!
20080306