05:帰り道
日は暮れはじめ、それに伴い気温もだいぶ下がってきた。
土方は紫煙をくゆらせながら、市中をぶらついていた。
屯所を飛びだしてきたのは、まだほんの一時間まえである。もう何時間もたっているようだと、土方は苦々しい顔で煙を吐きだす。むきだしの手先が寒さにより感覚を失われていくとともに、時間の感覚すらわからなくなってしまったらしい。かじかんだ指でくわえていた煙草をつまむと、足元に放り投げて靴底で踏みつぶした。
重々しいため息を落とし、どこか適当な店を見つけて熱い茶でも飲もうかと、先刻から幾度もめぐらせていた考えをもう一度引っ張りだすが、結局その気がないということも土方は自身で承知していたのだった。
あてもなくさまよいつづけ、無意識に足が向かうのは屯所であった。
いまもそうだ。
それに気づいた土方は、ちょうど土手に差しかかったところで歩みをとめた。川を見下ろすようその場に腰を下ろし、煙草を取りだした土方の手が不意にとまった。からっぽだ。手持ちの煙草はこの短時間で吸い尽くしてしまったらしい。箱をくしゃりとおしつぶし、舌打ちしながら川べりに放った。
きっかけは、近藤との些細な口論であった。
たわいもないことだ。原因と呼べるほど立派ななものはなかった。しかし、いかんせん近藤との諍いには慣れていなかった。沖田とは、それこそ毎日何度も引っ掴みあいをくりかえしてはいるけれど。
ああそうか、それじゃ俺は出て行く。そう言って勢いよく飛びだしてきたからには、引っ込みがつかなくなった。気まずくて帰れない。
母親に叱られて、家を飛びだしたあげく行くあてのない子どもみたいだ。
自嘲する土方の胸元で、電子音が鳴り響く。ぎくりと身を固めた土方はしかし、観念したかのようにゆっくりと携帯電話を引っ張りだした。ディスプレイを見なくてもわかる。近藤だ。
「トシか」
平生とかわらない声が、土方の緊張をといた。こくりとうなずいてみせたものの、電話ではその仕草が相手に見えるわけがない。土方が声をだすまえに、近藤がつづけた。
「はやく帰ってこないと、おまえの分の飯がなくなっちまうぞ」
土方は苦笑した。まったく、このひとにはかなわない。全身の力がぬけると同時に、空腹で腹が鳴った。
「……腹へった」
「うん。だからはやく帰ってこい」
「ちゃんと、俺の分も残しておいてくれよ」
わかってるって、と近藤が笑う。土方も笑って、電話を切った。立ちあがると、あたりはすっかり暗くなっていた。
そうして土方は一時間とちょっとの家出に終わりを告げ、軽い足取りで帰路についたのだった。
20080121