01:キスを交わす
 近藤が己の名を呼ぶのを土方は聞いた。彼の声だと脳が理解するよりも先にからだは瞬時に反応し、すぐに振り向いてしまいそうになったが、それを自身で抗って新聞に視線を落としたままでいる。
「トーシ」
 間延びした声。土方は、はじめて気づいたかのように顔をあげ、近藤のほうへ向いた。なにを拗ねてるんだ、と言われたので、べつに拗ねてなんかねェ、と突っぱねる。しかし、その表情は不機嫌そのもの。あからさまな態度は、近藤に「拗ねている」と思われても、なにもおかしくはないのである。
「なァトシー」
「うるせーな。俺のことなんて、放っておけば……」
 そっぽを向きながらそう言い放ったあと、土方はハッとして口を噤んだ。これでは、みずから己の心情を吐露してしまったのも同然だ。つまり、「アンタが俺のこと放ってるから拗ねているんだ」と。
 なんでもない、と口早に告げたものの、近藤にはすっかりばれてしまったようで、おそらく苦笑しているであろう彼の顔が、なんだか気まずくて見れない。畳のうえに広げていた新聞をがさがさと持ち上げ、赤くなった顔を隠そうとろくに頭に入らない記事を間近で睨みつける。
「なんかおもしろい記事でもあった?」
「なんもねェ」
 はじめから新聞なんか読んでいなかった。手持ち無沙汰のポーズなだけだ。
 土方は、どうせ無駄なことだとつくづく自分の行動に嫌気がさして、新聞を畳んだ。するとすぐ目の前まで近づいてきていた近藤が、顔を合わすなりくちびるを奪っていく。
「機嫌なおった?」
 息のかかる距離を離れぬまま、近藤がちいさく音をたてて笑った。声を失っていた土方は、すうと一度息を吸い込んでから、口をへの字にして近藤を見つめかえした。
「近藤さん、俺そんな安上がりな男に見える?」
 たった一度じゃ、ぜんぜん足りねェよ。心のなかでつぶやいて、次に不意のキスを仕掛けるのは自分から。


20071129