37:別れ話をしよう
なにを言われるかなど、口を開く前からわかっていた。ただ、それを考えたくなかっただけで。彼を取り巻く雰囲気や、表情。常とはちがった空気が張り詰めるような緊張感に、生きた心地がしなかった。
必死に話をはぐらかそうとしても、強く名前を呼ばれてしまえば黙りこくるしかない。その、俺の名前を呼ぶ声が一等好きなのに。土方は心のなかで男の声を反芻しながら、畳のうえに視線を落とした。
「俺はアンタから離れる気はねェ」
切り出される前に釘をさした。は、と息を飲み込む気配が伝わってくる。視線をあげると、近藤が困ったふうに眉根を寄せていた。
「……でも、トシ」
「なんだよ。俺が納得できるような説明、してくれんのか?」
小首をかしげながら、睨めつける。近藤は、視線を泳がせこめかみを指先でかいた。
「つまり……おまえが危ないかなって……」
危ない? 口ごもる近藤に、土方は「なにが危ねェんだよ」とくちびるを尖らせた。
「アンタとつきあってると命でも狙われンの? べつにアンタとつきあってることを公言してるわけじゃねェだろ。万一そんなことがあっても、俺はかんたんにやられやしねえ。それともなに、いまさら真選組がどうこう」
「いや、そうじゃなくて……」
「なんだよ、はっきり言えよ」
土方がにじり寄ると、しばらく黙りこんでいた近藤は、このままでいても逃げられないと思いなおしたのか苦い表情で叫んだ。
「あーもう! おまえといると俺が我慢できなくなっちゃうってこと!」
「……我慢?」
土方は拍子抜けした。それまで強張っていたからだから、とたんに力が抜けていく。
なんだよ、我慢って。我慢は我慢だ。どんな我慢だよ。それは……言えん。はっきり言ってくれねェんなら俺はアンタとぜってー別れねえから。
はっきり言われても別れる気など毛頭なかったけれど。
なにを言われるのかと、真剣に悩んでいた自分が無性におかしくなってきた。だって、あまりにバカらしい。よっぽどの理由があって別れたいと言い出したのならまだしも、なんで我慢ができないからといって別れるのだ。そもそも、我慢する必要などないではないか!
土方は近藤の胸元に顔をうずめ、くぐもった声で己の気持ちを吐露した。
「アンタの好きにしたらいい。俺は、アンタの好きなようにされるのをずっと待ってた」
20071022