31:天使祝詞
 久々に悪夢を見て目を覚ます。どんな夢だったかは覚えていない。ただ胸の奥底に黒く蟠ったものがこびりついている不快感は拭えなかった。
 土方は仰向けていたからだを反転させ俯せになった。顔をうずめた枕が汗で湿っている。思わず眉をひそめて顔をあげると、畳のうえにあぐらを組んでいる男がいるのに気がついた。
「近藤、さん」
「トシ、怖い夢でも見たか」
「……アンタが死ぬ夢」
「こら」
 勝手にへんな夢を見るなとしかめ面をする近藤に、土方は「冗談だ」と頬を緩めて笑う。
「もう平気だ。アンタがそばにいてくれるなら」
 近藤は静かに笑ってうなずいた。そうして腰を浮かし立ちあがろうとする近藤の袖を土方は引っ張って呼び止めた。
「近藤さん、俺アンタのことが好きなんだ」
 それまでの躊躇いが嘘のように告白した。近藤は、驚いたようすもなくふたたびうなずく。
「うん」
「知ってた?」
「そりゃア」
「それじゃ、アンタは俺のこと……?」
「もちろん――」

 そこで土方は目を覚ました。太陽は空高くで輝いている。あれは夢だったのだろうか。判然としないまま布団のなかで夢の出来事を反芻する。すると左手になにかをつかんでいる感触があるのに気づいてそちらに目をやった。はんてんである。見覚えがあるのは当然だ。それは夢のなかで近藤が着ていて、土方がつかんで離さなかったものなのだ。いや、そもそもあれははたして夢だったのだろうか――。
 土方はむくりと起きあがるとはんてんをつかんだまま部屋を飛び出した。あのつづきをいますぐ聴かせてもらわなければならなかった。


20070929/20080421