28:睫毛の水滴
 机の前であぐらをかいた体勢で、近藤はうつらうつらとしていた。がくりと前のめりになり、頭を机にぶつける直前で目を覚ます。気がつけばそろそろ寝てもいいころで、今日はもう寝てしまおうと思い立った。
 のろのろと布団を敷いたところで、そういえばまだ風呂に入っていなかったことを思い出す。明日の朝、いつもよりはやく起きて風呂に入ろうかとも思ったが、そうなるとどうにも自分の汗のにおいが気になってくる。それならばつべこべ考えずにとっとと入ってしまったほうがいい。
 着替えの準備をして、襖を勢いよく開けた近藤は、あやうく目の前に立っていた人影とぶつかりそうになった。
「うおッ」
 廊下に立っていたのは土方だった。一瞬で目が覚めた近藤が驚きに声をあげると、土方も驚いたふうに一歩後ずさった。
「なんだ、トシか」
 ああ驚いた、と近藤は大袈裟に胸を撫で下ろしてみせた。土方の黒髪は艶やかに濡れており、普段は生白い頬もいまはほんのりと上気している。風呂あがりらしい。睫毛に、水滴がついている。そのさまに、近藤は釘づけになった。まるで、泣いたあとみたいに見えた。
「――風呂、あいたから……アンタはまだ、入ってなかっただろ」
 そう言って目を伏せた土方は、近藤の腕のなかでくるまった着替えを見て、これから近藤が風呂に行くところだったのだと理解したようだった。
「それだけ」
 口早に言って、踵をかえそうとする。その土方の肩をつかもうと近藤の指が動いていたのは、無意識だった。
 無骨な指先が土方の睫毛にふれると、あ、と土方の口から声にならない吐息がこぼれ落ちたのを聞いた。
 濡れた感触が指の腹をくすぐる。土方の顔がますます赤くなっていくのを、近藤は見た。
 口をぱくぱくとさせ、あいかわらずはっきりとしない言葉を吐いて土方はとうとう近藤の部屋の前から立ち去った。
 近藤は駆けて行く背中を見送ったあと、熱くくすぶる己の指を見つめ、舌でふれた。


20070913