07:人魚の涙
やけに暑かった。畳の匂いが充満した部屋の中央で、布団をかぶって土方は寝ていた。
朝から体調がおかしいのにはなんとなく気がついてはいたが、だからどうというわけでもなく、普段どおり勤務をこなしていたところ、近藤が「熱でもあるんじゃねえか」と声をかけてきた。
最初、皮肉な意味に捉えた土方が「なんだよ、俺はアンタとちがっていつも真面目に仕事してるぞ」と言い返せば、「いや、ちがうちがう」と近藤は苦笑して、額に手を伸ばしてきたのだった。
不意打ちを食らった土方は目を丸くした。
「ほら、やっぱり熱い」
土方の額に手のひらをあてたまま、近藤が低くつぶやいた。
――それはアンタのせいだ。
すぐに我に返った土方は「だいじょうぶだ」とあわてて近藤の手を払いのけた。でも、と案じる声にも気丈にかぶりを振ってみせた。
そうしてその日の勤務を終えたのはいいが、夜、無様にも熱が上がってしまったようで布団から起き上がるのもままならなくなった。
――情けねェな。
自嘲したくちびるから、けほ、と乾いた咳が漏れ出てくる。どうやら喉もやられてしまったらしく、まともに声すら出せなくなってしまっていた。
――これじゃア、使いモンになりやしねェ。
己の不甲斐なさに涙が出そうだ。大きく息を吐き出したところで、廊下からこちらを窺う声が聞こえてきた。近藤の声だ。
返事をしようにも声が出ない。土方はもどかしく思い、肘をついて上半身を起こした。それと同時にゆっくりと襖が開いて、近藤が室内に入ってきた。
「起きてたのか」
土方がうなずくと、まだ寝ていろと重ねて言われたので、おとなしく横になった。
「腹はへってねえか?」
問いかけに土方はかすかにかぶりを振った。何も食べる気はしなかった。たとえ好物のマヨネーズ丼を目の前に突き出されようが、いまは遠慮しておきたい。
それから近藤は口を噤んでしまった。土方はもとより喉がいかれていてしゃべれないので、近藤が黙り込んでしまえばほかに話す者はいなかった。
しばらくして近藤が鷹揚と口を開いた。
「ごめんな」
土方は面食らった。近藤は常の明朗さからは考えられないほど沈んだ表情をしていた。
「俺がちゃんと気づいてやってれば……」
――アンタのせいじゃない。
そう言いたかったのに、声が出ない。第一、気にかけてくれた近藤を振り切ったのはほかでもない自分だ。それなのにどうして近藤が落ち込むことがある。
土方は何度も頭を振って、そうではないそうではない、と心のうちで訂正しようとしたが、近藤は俯いたまま顔を上げてくれなかった。
――近藤さん。
土方はそろりと布団のなかで身じろぎ、近藤のほうへと手を差し伸べようとした。だが、それよりも先に動いたのは近藤だった。
ちゃんと寝てろよ、と頭を撫でてから部屋を出て行く近藤をとめる術を、土方はもはや持ち合わせてはいなかった。
暑さで目がくらむようだ。
土方はぴしゃりと閉じられた襖にぼんやりと霞んだ眼差しを向けると、頭から布団をかぶってしまった。
20070615