年の瀬も押し詰まったこの時期、江戸の街は一層の賑やかさのなかにあった。
若者たちはクリスマスだと無意味に騒ぎ立て、商売人は仕事納めにと声高に商品を売りつける。
真選組は例によって例の如し、この喧騒に頭を抱えていた。
溜まりに溜まった未決済の書類の束は今年中に仕上げなければならないし、さらには警備の強化に取り組まざるを得ない。
一見活気のいい街並みだが、この騒ぎに便乗して悪行を企てる輩も少なくないのだ。
自分たちも呑気に浮かれていたいと、指をくわえている暇すらない。
土方は、すっかり吸殻で溢れた灰皿にさらにもう一本、力任せに加えてやった。とうに苛立ちは最高潮に達している。
それを紛らわすために吸っていた煙草も、あまり効果がなくなってきたらしい。
(……顔が、見たい)
今朝のミーティング以来、近藤の顔を見ていない。
それは土方が書類に埋もれた副長室からほとんど一歩も外に出ていないこともひとつの起因として言えるのだけれども、近藤は局長としての立場から、挨拶回りをするべく屯所を留守にしがちであった。
(会いてえな)
会いたい会いたい会いたい。一度彼の顔を思い浮かべてしまったら、もう駄目だ。それまでなんとかして持続させていた集中力は、面白いほどに簡単にぷつりと切れてしまった。
(顔を見るだけでいいんだ)
今日何本目になるかわからない煙草に火をつける。机に広げた書類を奥に押しやって、頬杖をついて煙を吐き出した。
(別に、触れたいなんて我が儘は言わねえ)
むろん、触れて欲しいとも。土方は自嘲して、緩やかにかぶりを振った。
「疲れてんな」
まだ長さのある煙草を灰皿のなかで潰して、土方は腰を持ち上げた。気分転換に吸殻を捨ててくるつもりだ。
それとこの排煙に薄汚れた室内の空気も入れ替えたい。
灰皿片手に襖を開けた土方は、そこで目にした光景に息を飲んだ。会いたいと切望していた近藤が、壁に寄りかかるようにして廊下に座りこんでいたのだ。
「なんで」
近藤は、頭を伏せたまま動かない。不審に思って顔を覗きこんでみれば、どうやら彼は眠っているらしく、ちいさな寝息が聞こえてきた。
「そのひと、土方さんの邪魔をしたくないからって」
土方の疑問を解消するかのように、突然廊下の先から声がした。そちらに視線を移すと、沖田が肩をすくめて立っていた。
「ひと目だけでも顔見たいんだよなァって。でも、仕事の邪魔しちゃ悪いだろうって、近藤さんも、忙しいくせに」
仕事の合間のわずかな時間を縫って、屯所に帰って来たんだと、沖田は続ける。
「あと十分ですぜぃ」
「なに、が」
「十分したら、起こしてくだせえ。じゃないと、次の仕事に間に合わねェ」
そう言い残すなり、沖田は踵を返し、姿を消した。土方は、その場にしゃがみこみ、震えたため息を落とした。
「バカだな」
冷えた板張りの上に転がる、近藤の手に触れてみる。分厚い手のひらは、わずかに冷たかった。
「なァアンタ、いつからいたの」
こんなトコで寝てたんじゃ、いくらアンタでも風邪ひいちまうんじゃねえの。俺に一言言ってくれれば、布団でもなんでも、貸してやったのに。
てかさ、邪魔なんかじゃ、ぜんぜんねえのに。
声を落として言葉を紡いでいた土方は、近藤の手をそっと握りしめた。
「近藤さん、近藤さん近藤さん」
俺もアンタに会いたかったんだよ。
すぐにでも抱きすがりたい衝動を必死に思いとどめるのが、今日一番の苦心であった。
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聖夜、5題/一日だけの祈り
20061224