その日坂田はたいそう腐っていた。パチンコ屋の前でつまらなさそうに鼻を鳴らし、二度と来てやるかと心に誓う。
 大負けしてしまった。近所に新しく甘味屋ができたというので、ちょっと足を運んでみようかと万事屋を出たところ、うっかり新装開店の旗がはためくパチンコ屋を目にしてしまった。 ふらふらと入店し、はっと我に返ったときにはもう財布のなかはなんとも寂しい事態になっていて愕然とした。
「……帰るか」
 何しに来たんだ俺は。思わずにはいられない。不貞腐れた面で歩き出したところ、正面から歩いてきた男と肩をぶつけ合ってしまった。 ぐらりと身体を傾かせ、剣呑な眼差しで――とはいっても傍目には死んだ魚のような目つきにしか見えなかった――その男を睨みつける。
「いてーなァ」
「お、すまん……」
 男と目が合った瞬間、あ、と互いに声をあげる。その相手は真選組局長、近藤勲だった。
「なんだ、万事屋か」
「そーいう局長サンはサボりですか」
「バカを言うな。今日は休みだ、休み」
 坂田が軽口を叩くと、近藤はしかめ面をして「そういうおまえこそ暇そうだな」と続ける。
 いや俺は忙しいよ、なんせお金すっからかんになっちまったんだから。なんだよパチンコやる暇があるんじゃねえか。 なにちょっとお説教ですか? ぷらっぷら遊び歩いてる税金ドロボーに言われたくねーな。
 坂田の八つ当たりともとれる言葉に近藤はますますしかめ面をする。何かを言い返してくるかと思いきや、それ以上言葉は続かない。 どうしたんだ、と首をかしげる坂田の前で、近藤はため息をつく。
「ちょっとなんだよ、気持ち悪い」
「気持ち悪いとはなんだ。ひとが悩んでるっつーのに」
 悩んでる!
 坂田ははあ、と気の抜けた声を出した。誰が悩んでるって? 俺だよ、俺! この落ち込んだ姿見てわかんねえかなあ! わかるわけねーだろ。 坂田がきっぱりと言い返すと、近藤はがっくりと肩を落とした。確かにいつもの陽気な彼とはちがい意気消沈しているように見える――かもしれない。
「おまえなァ、俺だって悩みごとのひとつやふたつ、あるんだぞ」
「へええ」
 ふたたび気の抜けた声を出すとぎろりと睨まれてしまったので、あわてて口をつぐむ。ふーん、悩みごとねェ。まァ俺には関係ないけど。 それより腹へったな……とそこまでつらつらと考えごとをしていた坂田はきらりと目を輝かせた。
「だったら俺が相談に乗ってやろうか?」
「……おまえが?」
 驚いたふうに目を見開く近藤に、坂田はどんと自分の胸を叩いた。
「万事屋に任せなさい! ひとが困ってる姿を見て黙ってられる銀さんじゃーありません」
「その裏は」
「パフェが食いてーの」

 念願のパフェを目の前にして坂田の機嫌はなかなか良かった。この店の一番のお薦めはイチゴパフェだというので、チョコレートパフェと迷いつつもそれを選んだ。
「よくそんな甘いモンが食えるな」
「一日にこんくらいの糖分摂らなくちゃ人間死んじゃうんだよって習わなかったのか」
「習うか」
「てかアンタんとこにもいるだろ、ほら、瞳孔開き気味のマヨネーズ星人」
 ぐ、と近藤が押し黙ったことに坂田は気づいた。パフェから顔を上げて正面を見やれば、近藤の顔がわずかに赤らんでいる。 ははあ、と坂田は喉を鳴らした。
「わかった。マヨネーズにうんざりして家出してきたんだな」
「ンなわけねェだろうが」
「じゃーなによ」
 言いたくなきゃいいんだけど、その代わりパフェはやんねーぞ。いらねーよ。なんだよ、美味いのに。 食われてェのか。やんねーっつうの。いらねーよ。
 不毛なやり取りののち、近藤はため息を落として語りはじめた。 彼曰く、気になるひとがいるがそれは好きになってはいけないひとで、どうにかして忘れたいと思っている。 のだけれどもなかなかうまくいかずに云々、だそうだ。要は色恋沙汰ということだ。
 色艶の良いイチゴをぱくりと口に放り込んだ坂田は、なるほどと頷いた。
「マヨネーズじゃなくてその本人に会いたくないから家出してきたんだな」
「そうあいつも今日はオフだから屯所にいてなんとなく気まずく……って、え」
「うんうん」
「え」
「だろ?」
「おっ、俺はトシが好きだなんて一度も言って……!」
 見る間に近藤の顔が真っ赤になっていく。こういう奴のことを隠しごとができねェ人間っていうんだなと坂田はしみじみ思った。
「何をいまさらウジウジ気持ち悪く悩んでんの」
「気持ち悪くありません。ていうかあたりまえだろ、だってアイツは」
 大事な仲間だし、と近藤は顔をゆがめる。もう一度ため息をつかれそうだったので、その前に坂田は音をたててスプーンを空になったパフェグラスに突っ込んだ。
「だーから、いまさら体裁なんか気にしてんじゃねえっての。散々ストーカー行為してたくせによ」
「む。俺はストーカーじゃなくて愛のハンター」
「あー、それはもういい」
 坂田はうんざりしたふうに顔の前で手のひらを振った。さっさとすっきりさせちまったほうがイイんじゃねえの。 す、すっきりって。あ、なんかやらしいこと考えてる。かっ考えてません。まァいいけど、大丈夫だって振られたらまた俺がパフェ奢られてやるから。 え、俺が奢るの振られたのに、っていうか振られること前提って。
「それがイヤなら頭ぶん殴ってやろうか? また記憶喪失になってすっきり全部忘れるかもしんねーぞ」
「結構です」
 それにアイツのことはもう忘れたくないし。近藤はそう続け、懐から財布を出して席を立つ、
「今日はありがとな。話聞くだけ聞いてもらうだけでも、すっきりした」
「そらどーも」
 忘れたくない、ってもうテメェの心ンなかでは決まってんじゃねーかよ。晴れやかな笑顔を浮かべて去っていく後ろ姿を見送りふと思う。 振られたときだけじゃなくてうまくいったときも奢れって言っときゃ良かった。


わかっているくせに、そうするには手遅れだって


title by 24番目のネジ[http://24th.chakin.com]
好き、5題/忘れたい
20061212