ストレイキャット


 鈴の音がする。
 意識の遠くのほうでそのわずかな音を聞き取った近藤は、おもむろに起き上がった。
「……トシ?」
 障子の向こう側へと声をかける。すると返事の代わりのように、またひとつ、鈴が鳴った。チリン。 近藤は確信を持って布団から這い出て、障子を静かに開けた。
 静まり返った廊下にいるのは黒猫だ。 闇に溶け入ってしまいそうなほどの艶やかな黒。 細められた双眸はまっすぐ近藤を見上げていた。 体躯と同じように深い闇色をした、臆することのない目をしている。
 強い猫だ。近藤はそう思う。
「トシ、どこに行ってたんだ」
 夜ご飯、用意してたんだぞ。言うが早いが、猫は音を立てずにするりと足許を通り過ぎ、部屋の中へと入ってきた。 身軽な動作に近藤は目を奪われながら、細く開けた障子をまた静かに閉めた。
「おまえは、気ままでいいなァ」
 今の今まで近藤が眠っていた布団に、黒猫は身体を丸めて落ち着いている。 その様子に思わず笑みを零しながら、近藤も布団へと戻った。
 空いた半分のスペースは、巨躯の近藤にはいささか窮屈であったが、慣れたふうにそこに身体をすべらせ、毛布をかけた。 実際慣れているのだ。黒猫もちらりと近藤を見上げたきり、目を閉じて眠りの体勢へと入る。 それを妨げる気は近藤にはなかった。 なかった、けれども――。
「……」
 近藤はぬくもりを求めるように、おなかの辺りに感じる温かなかたまりに手を伸ばした。 ふわりと手のひらに感じる毛並みは、触れた瞬間にぴくりと反応をしてみせたが、特に抗う気配もなかった。 近藤は数回柔らかな毛並みを撫でてから、安心したように眠りについた。

20060427