051:ひとり言
 おそらく近藤にとっては何気ない一言であったに違いないそのひとりごとは、しかし土方の耳に痛いほど突き刺さった。
「トシのおなか、きもちいいなァ」
 まるで抱き枕のようにぎゅっと両腕で抱きしめられた土方は、頭を腹部に載せてくる近藤のつぶやきに凍りつく。一瞬にして冷気をまとった土方に近藤は気づかずにのんきに頬を腹にこすりつけてくる始末。土方は口許を引きつらせた。
「……だ、から」
「え?」
「だからアンタは女にモテねえんだよッ」
 近藤を無下に払い落とし、土方はどすどすと大きな足音をたてて部屋を出て行った。ひとり残され畳の上に引っ繰り返った近藤は首をかしげることしかできなかった。

 それから土方のマヨネーズ断食がはじまった。いつもは周りの者の悪感を呼び起こすほどマヨネーズをぶっかけるのだがそれが今日はない。黙々と出された食事をなんの細工もなしにそのまま食らいつく土方に、他の隊士はひそひそと何があったのだろうと邪推する。 しかし土方がおかしな言動をするのはたいてい近藤がらみであるので、今回もきっと近藤が関係しているに違いないと勝手に帰結してしまう。
「あれ副長、マヨネーズ持ってきましょうか」
 何も知らない山崎は親切心から気づかぬうちに爆弾を落としてしまい、命までも落としかけた。気の毒ということしかできない。
 そんな中、止めに入ったのは他でもない近藤だ。実力的に唯一止められるであろう沖田はそ知らぬ顔で食後の茶を啜っているだけだったので。
「ちょっとトシくん! なになに、いったいどうしたの!?」
 山崎の胸倉をつかんで殴りこんでいた土方を背後から近藤が羽交い絞めにする。近藤の声を聞いた土方はびくりと肩を揺らし身体を硬直させた。その場にいた一同がほっと胸を撫で下ろした瞬間であった。しかしそれも一瞬のことだ。
「触んな」
 ぴしゃりと言い放ち近藤の手を振りほどいた土方に近藤は傷ついた顔をする。それに気づいた土方はあわてて弁解しようと口を開いた。
「あ、ちがくて、まだ触んなってことで……」
 しどろもどろになりながらそれでも言葉を紡いでいく土方だったが、先刻の近藤の言葉を思い出して次第にくちびるをとがらせていった。
「だってアンタが……」
「俺? なんかした?」
「俺の腹、きもちいいって」
「へ」
「だから俺、しばらくマヨネーズ控えようかと思って……」
 少しの間沈黙が訪れる。顔をしかめ何やら考え込んでいた近藤が、先ほどの自分の言葉を思い出したのか「ああ」と納得したように頷いた。
「ほんとうのことを言っただけだぞ」
「だ、から!」
「うん、俺は好きだぞ」
 触り心地がいいしでも太ってるってわけじゃないだろ。続く近藤の言葉に黙って耳を傾けていた土方だったが、やがてぽつりと「じゃあ俺、マヨネーズ我慢しなくてもいいのか?」と近藤に尋ねた。
「あたりまえだろー。好きなモン我慢してるのは身体によくないだろ。まあ、食いすぎるのもアレだと思うが……」
「近藤さんっ」
 最後の言葉は土方の耳には届かない。土方はぎゅう、と近藤に抱きついて「じゃあ俺、たくさん食うからな!」とすっかり張り切ってしまっている。
 それをいままで黙って見守っていた隊士たちは、これだったらマヨネーズたっぷりの食事をいただいたほうがマシだとうんざりして気絶したままの山崎を引きずりながら退出した。 のんびりと茶を啜っていた沖田も空になった湯呑み茶碗を卓上に置いて、「まったく平和なモンだ」とひとりごとを置きつつ部屋をあとにした。


06.09.18