049:崩壊の前日
 いくらセックスをしてみても満足するのはいつもからだだけ。 受け入れたそこがぐずぐずに溶けきっていても、それはけっして心の内部にまでは届かない。心は空洞のまま、それでも鉛が入っているかのように、ずっしりと重い。
 それが顕著に現れるのはたいてい、情事の後。放心する土方の傍らで、近藤がむくりと起き上がる。土方はそれを黒目だけを動かして見やった。厭だ。ふいに胸をつくのは彼を引き止めることばだった。
 ひやりと背筋に悪寒が走る。おかしいな。からだはこんなにあついのに。土方は重たい両腕を持ち上げて、下腹部のあたりで手を組み合わせた。
 それはまるで祈りを捧げているように見えた。実際、土方は祈りをこめていた。純粋でいて浅ましい、欲望が渦巻くそんな願いを。
 近藤は、振り向かない。もう何日、彼と目を合わせていないのだろう。土方は考えようとして、やめた。自らこれ以上貶めても、仕方ない。
 土方からは、近藤の横顔が窺える。その精悍な顔はいま、どんな表情をしているのだろうか。笑っている顔が見たいな。ふと思う。
 まっすぐ伸びた視線の先、くちびるが開くのを見て、土方は瞬時に耳をふさぎたくなった。それでも腕は動かない。祈りは、もう届かないというのに。
 近藤の紡ぐことばを聞きながら、そうっと目を閉じる。眠ったふり? それもいいかもしれない。だってそうすれば、あと一日でも、遅らせることができるかもしれないのだから。
 だいすきな彼の声。だいすきだった、はずなのに。いまはじめて、憎悪に、胸をかきむしられそうになった。
(ねえ、おれをみてよ)
 そうして土方は、そ知らぬ顔で今夜も叶うことのない祈りを捧げつづけるのだ。


06.08.30