030:間接キス
 男所帯ともなれば、間接キスのひとつやふたつ、日常茶飯事になってくる。 大したことではない。それが酒の席ならば、なおさらだ。
「トシィ、おまえも飲んでるかァ?」
 すっかり赤ら顔になった近藤が絡んでくる。周りを見渡せば、他の隊士も似た状態になっていた。
 土方は辟易しながらも、持っていた杯を左右に振って見せた。
「飲んでるよ」
「嘘だろォ」
「なんでこんな嘘、吐かなくちゃいけねェんだよ」
 眉をひそめて見やる先、近藤が目を据わらせて一層顔を近づけてくる。 このままでいればくちびるが触れるかもしれないと土方は邪推して、慌てて心中で首を振る。
「ちか、い」
 土方は手のひらで近藤の顔を押しやった。いだだ、と不格好な声を上げた近藤は、渋々といったように背筋を伸ばし、姿勢を整えた。
「ホラ、飲め」
「いらねえ」
 並々と酒の注がれた杯を突きつけられ、土方はふいと顔を背けた。
 しかし、アルコールの入った近藤は、意外としつこい。
「俺の酒が飲めねえッてのか」
「……」
 不機嫌な顔つき、いささか荒く聞こえる口調に、土方は観念した。 わかったよ、と気が進まないけど仕方ねえからな、というあくまでも厭々であるような色を含ませて、杯を受け取る。
 そう、確かに一度は受け取ったのだ。しかし次の瞬間には、土方が杯に口をつけようとしたときには、手の中からそれが消えていた。
「なんでェ、土方さん。そんなに飲むの厭だったら、俺が飲んでやりまさァ」
 ごくり、ごくり。琥珀色の液体を喉に流し込んだのは、横から杯を掠め取った、沖田だった。
「……テメェ、総悟」
「近藤さん、うまいです。もう一杯、いいですか」
「おお、いいぞォ。たくさん飲め!」
 肩を戦慄かせる土方をよそに、近藤と沖田が盛り上がり始める。土方はそれを横目で見やって、のろのろと立ち上がった。
「ぶった斬る」
 腰に差した刀に手をかけると、それを見た近藤が呆れたふうに笑った。
「なんだァトシ、やっぱりおまえも飲みたいンじゃないのか! ほら、そんなに怒ンなくても、まだたくさんあるから」
 ――ちげーよ、ばかやろう!
 土方は新しく手に持たれた近藤の杯を奪い取り、間髪を入れずに飲み込んだ。
 やがて日付が変わった後、布団の中で目覚めた土方が知らされたのは、昨夜一番の醜態を曝したのが自分だったという、気が遠くなるような(むしろそのまま強風に飛ばしてしまいたい)事実であった。


06.07.07