028:境界線
「――ダメだ」
 屹然とした声に土方はぴたりと伸ばしかけた指先を宙で止めた。
 それは自分を冷たく突き放し、それでいて淡い狼狽えを窺わせる声色であった。迷っているのだろう。 現に近藤の手もほんのわずか、自分のほうへとじりじりと近づいてきていたのだから。そのことをちゃんと土方は知っている。
 近藤の双眸は土方にではなく夜空に咲く大輪の花に向けられていた。土方はこっちを向いてほしいと切実に願う。 宙に浮いたままだった手を一旦引き、彼の名前をちいさく呼んだ。
「近藤さん」
 ちょうど花火が上げられたところだった。無残にもかき消されたと思った呼びかけは無事彼に届いたらしかった。 最後の発音のところで、ようやく振り向いてくれた近藤のくちびるに土方はすかさずキスをした。近藤の顔に苦笑が滲む。 ダメだと言ったろう。だって、花火で聞こえなかった。うそつけ。ああうそだよ、だっておれがアンタの声、聞き逃すわけねえし。
「……あ」
 それまで絶え間なくどおんどおん、と低く響いていた花火の音が消えた。最後の打ち上げが終わったのだろう。 それまでの騒音とは打って変わって静かな空気が広がる。キィンと耳鳴りがするのを感じながら、土方はそうっと近藤を覗き込んだ。 彼の瞳のなかに自分の姿を認めて安堵する。
「ああ……」
 二度目の接吻けからはもう、どちらから仕掛けたのか判断がつきにくいものへ変わっていった。


06.07.31